目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第65回 顧客価値接点を再構築する ~パート2~

■商品が売れないのは提供価値と認知価値のギャップが原因

前回のコラムでお話した野菜カレーの人気の秘密を調べているうちに、重要なマーケティング上の問題に気付きました。気付きはある大手食品メーカーのマーケティング調査担当者の一言です。食MAPから出た野菜カレーの人気の秘密を話した際、彼は即座に苦言を呈しました。

「野菜カレーの定義をちゃんとしないからそんな結果が出るのです。肉が入っているカレーは野菜カレーとは呼びません。そんないい加減な調査をしている食MAPは信用できません。」

食MAPには約1000種類のメニューがあります。それらメニューには定義がありますが事細かな定義はありません。調査する側が幾ら厳密に定義しても、モニターさんの考えや事情は千差万別です、そこまでこちらから定義することは出来ません。ならば「メニューを決める最終判断はモニターさんに任せ、後で分析しその違いを明らかにすれば良い」が食MAPを作った私の考えです。マーケティング調査のプロは厳密な定義を重視し、曖昧な定義から出た結果を混乱として恐れます。私はそのギャップの原因を調べることから、マーケットチャンスが発見できるとして歓迎します。

マーケティングのプロが考えたり、食品メーカーが提供するメニューの種類や食品の価値を提供価値といいます。モニターさんや消費者が求めているメニューや食品の価値を認知価値といいます。
提供価値と認知価値は異なることが多いのです。商品が売れない大きな原因が、2つの価値のギャップの存在にあります。2つの価値の違いから常に思っている事柄があります。

「商品が売れるのは、技術や品質に価値があるからではない」
「消費者の生活事情の中で価値が認められるから売れるのである」

ここ10年間、2つの価値のギャップが広がってるように思われます。その大きな理由は物の豊かさで食卓の豊かさが測れなくなったからです。消費者の生活目線が大きく変わってきていることに食品メーカーが気付かないことが大きな理由です。食品メーカーは次の事柄を肝に銘じなければなりません。

「商品というモノに価値は無い」
「消費者と物との係り合い(物事)から価値が生まれる」

生活事情の中で消費者が感じる認知価値の重要性がますます高まっています。消費者の認知価値は、消費者が置かれている生活状況や毎日の食卓事情の中から生まれます。問題は自分達が産み出している価値の多くを、消費者自身が気付いていない点です。毎日の食卓の大半が潜在化しているためです。だから消費者に聞いても答えられません。答えられるのは顕在化した意識のみです。気付かない潜在化した意識のもとで生まれる価値を見るためには、消費者の毎日の生活行動を客観的に観察し、行動の裏にある価値を推測し、解釈するしかありません。マーケティングに限らず人間社会の構造や行動の意味を探るための観察手法(考古学や考現学などの生態学的観察手法)が重要であるといわれている理由がここにあります。

生活状況や食卓事情から生まれる認知価値を理解してもらうために、以前このコラム「第45回 文化はコトである」で紹介した「日本人は雨が降ると雨傘をさす」のお話を再度します。

「日本人は雨が降ると雨傘をさす」
この文章は食品マーケティングに重要な事柄を告げています。文章は1つの単語(多義的な意味を持つ言葉)と2つの熟語(多義的な単語が組み合わさり特定の意味を持つ言葉)で構成されています。

日本人=人=ヒト
雨が降る=機会=場
雨傘をさす=行為=コト

単語と熟語で構成される文章は1つの文脈をつくります。上の文章は日本人のライフスタイルや文化を表現しています。「アメリカ人は雨が降るとレインコートを着る」はアメリカ人のライフスタイル表現です。
上の文章がもう1つ重要な意味を語っていることに気付きませんか?
「日本人は雨が降ると雨傘をさす」に、重要なマーケティング問題が隠されています。
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■閑話休題 言葉から本質を知る「言葉の停泊点」

言葉には、言葉が表す対象の2つの意味が込められています。

  • 言葉が直接に目指す「意図の意味」

  • 言葉が誕生し存在する「背景の意味」

1番目の意味は、私たちが普段使っている意味です。2番目の意味は何でしょうか?
私たちが普段、何の気なしに使っている日常用語には、その言葉が誕生した時代や、言葉が存在している生活背景、言葉が発せられた際の事情が暗黙知的に込められています。「嫌よ嫌よも好きのうち」の喩えのようにです。専門家の薀蓄より消費者の一言に説得力があるのは、言葉が語られる語感の裏に消費者の生き生きした生活感が感じられ、その上に消費者の素直な意図が重ねられるからです。苦心惨憺の上に作った新製品を消費者に見せる。「そんなもの使うわけがないでしょう」の一言で評価を下され、思わずはっとさせられた経験の持ち主は多いでしょう。

言葉は「背景」と「意図」の2つの意味を2重写しにして、対象の本質を捉える「思考のカタ」です。少々難しいですが、言葉の2つの意味を考えてみましょう。
「背景」と「意図」、この2つの言葉の意味を重ねて、言葉が示す対象の本質的な意味を考える思考のカタを「言葉の停泊点」と呼んでいます。「停泊点」とは「船がイカリを降ろす場所」という意味です。船がイカリを降ろすためには、場所の2つの意味を明確にしなければなりません。

  • イカリを降ろす舟が停泊する環境(=背景)の意味

  • イカリを降ろすポイントの位置(=意図)の意味

「港の中」という環境でイカリを降ろす場合、荷捌きに便利なポイントが重要になります。「沖合」という環境でイカリを降ろす場合、安全に停泊できるポイントが重要になります。停泊する環境が変われば、停泊する意図が変わりイカリのポイントが変わります。

  • 言葉の第1の意味は  「言葉が存在する背景」=「船が停泊する環境」=「隠れた意味」

  • 言葉の第2の意味は  「言葉が直接に示す意図」=「イカリをおろす位置」=「見える意味」

「言葉の停泊点」は、言葉の意味の2重性を通して対象の本質を見極める「思考のカタ」です。「言葉の停泊点」という思考のカタを用いて、自ら思う力をつけると、多くの知恵やアイディアが生まれます。
例えば「販売代理店」という言葉の背景には「販売するものがある」という前提条件が隠されています。ニーズが多様化した時代に川上型の「販売代理店」では顧客価値接点は完結しません。顧客の欲しい商品を調達する川下型の「購買代理店」が考えられます。しかし買いたいものが無い今日「購買代理店」も顧客価値接点を完結することができません。消費者に買いたいものを気付かせる川中型の「機会代理店」が必要になります。このことについては前々回の「第63回 教科書が教える消費者行動理論は間違っている ~パート2~」で詳しくお話しました。
見える意味ばかり追い、隠れた意味を読み取る力が今のマーケターに不足しています。

「雨傘という商品(モノ)の選択の前に雨傘をさすという行為(物事)がある」
この前提条件が隠れています。これを言い換えると次の通りです。
「雨傘の価値は、雨傘をさす行為の中から生まれる」
という意味が隠れています。

雨傘の商品価値は雨傘そのものにあるのではなく、雨が降った際の雨傘をさすという行為(物事)の中から生まれる価値なのです。どしゃぶりにさす雨傘と小雨の中のデートにおしゃれをする雨傘では価値が全く異なります。
商品の価値は日々の生活の中から生まれます。かつて市場発展途上の時代の商品価値は商品そのものにありました。商品の価値に消費者が生活を合わせることが一般的でした。新車が買えず中古車を購入することから車との生活が始まりました。車ローンを組む消費者もいました。車という商品に自分の生活を合わせました。小さな新居に大きな婚礼セットを買い込んだ新婚カップル。人が生活しているのか家具が生活しているのか分からない生活でした。今は逆です。

最近、中華合わせ調味料などのメニュー専用調味料の売れ行きが良くありません。中華合わせ調味料が登場したのは30年前です。味の素Cook Do®が有名です。こうしたメニュー専用調味料が市場成長した背景に、家庭で味わえない外食への憧れがあったと考えられます。横浜中華街のチンジャオロースの味を、我が家の食卓で楽しみたいというメニューに対する憧れがありました。ここ10年、グルメ料理の憧れは衰えています。グルメ料理ではなくて、冷蔵庫にあるキャベツや大根、人参を上手に使いまわす手料理に喜びを感じる人々が増えています。人々は身の丈の生活にあった豊さを求め始めています。

最近、ブランド離れと低価格志向が危惧されています。大きな間違いです。従来のブランドの価値が顧客接点に合わなくなっただけです。価格もブランド価値の1つです。ユニクロやマクドナルドの新製品は新しいブランド価値を形成しています。こうした商品人気を「身の丈ロイヤリティ」と呼んでいます。

次回はいよいよ本題に入ります。消費者が感じる価値の形成場を「顧客価値接点」と呼んでいます。消費者の認知価値の接点(場)を発見し、商品価値の再構築をすると新しい市場が生まれることを事例を含めてお話しします。

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