目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第64回 顧客価値接点を再構築する ~パート1~

今回から数回に分けて「顧客価値接点を再構築する」のお話をします。このマーケティング概念は、21世紀の食品開発やマーケティング活動に重要な問題提起になると考えています。

食品の商品コンセプトをデザインする

食品に限らず商品開発に際して、大切なことは商品コンセプトをデザインすることです。商品コンセプトの定義は定まったものがありませんが、おおよそ次の通りです。

商品コンセプト=ターゲット(人)×TPO(場面)×ベネフィット(価値・効用)

マーケティングの専門家の間でよく言われることが「商品コンセプトは一言で言い表せるキーワードが肝心である」です。ただ私は商品コンセプトをデザインするためには2つのキーワードが必要だと考えています。数学方程式を解く際の「必要かつ十分な条件を満たす解」と同じ考えです。数学方程式の恒久的な解を解くためには2つの条件を満たさなければなりません。

必要条件:この条件を満たさなければ解は絶対に解けません。ただし必要条件を満たしたからといって解が解けるとは限りません。

十分条件:ある特定条件下での解です。ただ特定条件以外では解は解けません。

全ての条件下で安定した解を解くポイントは、必要条件と十分条件の2つの条件を満たすことです。これを恒久解と呼びます。恒久解を導くための条件を「必要かつ十分条件を満たす解」といいます。
数学方程式の恒久解を解く条件が商品コンセプトのデザインにも当てはまると考えています。因みにこの考えはどのマーケティング教科書にも書かれていません。この考えに気付いたのは20年前、私が株式会社NTTデータにトラバーユした直後です。

1990年の6月にキリンビール社から「キリン一番搾り」という新製品が発売されました。この新製品は当時、世間で大変な話題になりました。私はある民放テレビ局のニュース番組で、この新製品の人気の秘密について解説しなければならず、急きょ新商品の人気の秘密を調べました。調べているうちに1つの面白い事実に出会いました。

キリン一番搾りが新発売された6月より3ヶ月早い3月に、味の素社が「味の素ごま油一番搾り」を新発売していたのです。しかし「味の素ごま油一番搾り」はほとんど世間の話題にはなりませんでした。当時、私がヒヤリングをした味の素の開発担当者は「何故、キリン一番搾りだけが話題になるのか?」と悔しがっていました。2つの新商品の魅力の違いの謎解きしているうちに、数学方程式の恒久解の条件を思い出したのです。

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この図がその際に考えた必要かつ十分な条件を満たす商品コンセプトのデザインです。
図の左の必要条件が「伝統の一番搾り」というキーワードです。「伝統の一番搾り」は日本の醸造技術から生まれた言葉で、日本人なら誰しも「品質が良い」と理解できるキーワードです。「安心感」と「親しみ」も感じさせます。必要条件に関して「キリン一番搾り」と「味の素ごま油一番搾り」は同じです。

図の右側の十分条件が、両者では全く異なります。キリン一番搾りは「西洋のビール」です。西洋の商品を現すキーワードです。左の和の伝統技術に右の西洋のビールが重なることで、消費者に意外性を感じさせます。一方「味の素ごま油一番搾り」のごま油は和の食品を表すキーワードです。左の和の技術に右の和の商品が重なると「良い食品」という価値は伝わりますが、意外性がありません。必要条件と十分条件の重ね方が2つの新製品では全く異なっていたのです。2つの新商品の話題性の違いはここから生まれたと私は解釈しています。この意外性を商品開発の『ひねり』と呼んでいます。もう1つ例を出しましょう。

20年ほど前、ある大手食品メーカーがレトルトの野菜カレーを新発売しました。ところが売れ行きが芳しくありません。先方から依頼があり、私はその原因を調べました。面白い事実がわかりました。この新商品のコンセプトはカレー大好き中高年男性をターゲットに、肉や脂肪の摂りすぎ防止の「肉無し野菜のみカレー」でした。私はこの商品を大手メーカーの研究所で試食した際「小さな親切余計なお世話な商品だ」と感じました。

レトルト野菜カレーの不人気の原因を調べるために食MAPで野菜カレーの人気の秘密を探ってみました。意外な事実が浮かび上がってきました。

  • レトルト野菜カレーの不人気にくらべ、食卓の野菜カレーの人気は高いという事実
  • 人気の野菜カレーにはちゃんと肉が入っているという事実

野菜カレーに入っている肉は豚肉と鶏肉で、牛肉は入っていませんでした(この理由が分かる方はかなりの味通です)。この結果から直感しました。

「食品メーカーのレトルト野菜カレーは、必要条件の価値を外したため売れないのだ。」

今でこそ本場の野菜のみカレーが外食店で人気ですが、20年前は肉の入らないカレーはカレーとして消費者には認められませんでした。肉をふんだんに使ったカレーライスがカレーの絶対必要条件でした。昔からカレー好きな中高年男性にとってはなおさらのことです。この必要条件を外し「野菜のみのカレー」を十分条件としたレトルト野菜カレーは人気がなく売れなかったのです。

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では食MAPから出た人気の野菜カレーの秘密はどこにあるのでしょうか。肉の入ったカレーという必要条件を満たしている点がレトルトカレーとは全く異なります。さらに十分条件も食卓の野菜カレーとレトルト野菜カレーでは意味が微妙に違うのです。食卓の野菜カレーの十分条件は「野菜たっぷりのカレー」です。不人気のレトルト野菜カレ-は「野菜のみのカレー」です。「肉が入らない、野菜のみのカレー」と「肉が入って、野菜もたっぷり入っているカレー」の違いが人気の分かれ目だったのです。

十分条件を魅力条件と呼ぶことが出来ます。必要条件(欠かすことができない条件)に魅力条件(ひねりの条件)を重ねるのが私の商品コンセプトデザインの方法です。

次回は「商品が売れる、売れないは提供価値と認知価値のギャップが原因」のお話をします。

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