目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第66回 顧客価値接点を再構築する ~パート3~

■顧客価値接点の再構築

「食卓市場の潮目が大きく変わっている」

が私の時代仮説です。多くの食品メーカーは未だに成長型の経営にしがみついています。逆説的ですが商品開発や事業戦略の速度を一旦、落とさなければなりません。商品価値を再構築するが必要があります。再構築の鍵は次の通りです。

「宝は足元にある」

大手食品メーカーの今日の地位を築いてきた商品の市場が2つの局面でおかしくなっています。

  • これまで成長の柱になってきた商品の市場が縮小している。
  • 縮小している市場でトップメーカーのシェアが落ちている。

大きな理由はトップメーカーの柱になる主力商品のコンセプトが時代に合わなくなっているためです。トップメーカーの多くはその事実を薄々気付いています。しかし「大きなタンカーすぐには曲がれない」の喩えの通り、あえいでいます。過去の成功に固執し、食卓の潮目が大きく変わっていることに気付かない(気付きたくない)メーカーも多いと思われます。

話は変わりますが、NHKの年末人気番組「坂の上の雲」は、日本が発展途上国の時代の物語です。今は違います。食品メーカーはスピードを上げて成長することの脅迫観念を抱いています。いまだに坂の上の雲ばかり見ています。その結果、肝心の足元がぐらついています。

食品の価値は毎日の食卓から生まれることは前回のコラムで述べました。食品メーカーの知らない価値が食卓という生活現場から次々と生まれています。これを「再発明」といいます。「再発明」はコンピュータのソフトウェア業界の言葉です。コンピュータのソフトウェアの発明の8割が、ユーザーの利用現場で起きている現象です。食品の価値も毎日の食卓で発明されています。消費者の認知価値が重要な理由が「再発明」にあります。

食卓事情の中から消費者の認知価値を探り、商品企画や販売活動、コミュニケ-ション活動に生かせないだろうかというアイディアを持っています。

このアイディアを「顧客価値接点再構築」と呼んでいます。いくつかの事例を紹介しましょう。

1. モーニングチーズ

5年ほど前、数社の食品メーカーと朝食市場研究会を開催しました。食MAPから様々なマーケットチャンスを導き出しました。その一つが「モーニングチーズ」です。ワインメーカーの常識は、チーズはワインなどお酒と一緒に楽しむ嗜好品です。実際、研究会を行っていた夏に、あるビールメーカーが「カマン!ビール!」(カモンとカマンベールチーズをかけた)というキャッチフレーズで、電車の吊り下げ広告を出していました。

食MAPからチーズの意外な事実が浮かび上がりました。チーズの5割以上が朝食に食べられていたのです。スライスチーズが朝食に多い事はチーズトーストなどから容易に想像つきます。しかしカマンベールや箱入りチーズの半分が朝食に登場し、おつまみチーズの4割近くが朝食に登場している事実に、研究会メンバーは驚きました。だからといって朝からアルコールを飲んでいるわけではありません。中高年の主婦が、朝食にチーズを食べていたのです。 

この結果をみた瞬間、スーパーの食品売り場のチーズコーナーが頭に浮かびました。さまざまな種類のチーズが雑然と並べられているチーズコーナー、そこにモーニングチーズという新しい切り口のコーナーが登場したらどうなるだろう。新しい売場は新しい市場と同じ意味です。モーニングチーズという食卓で生まれた商品価値を、売場で接点化すると新しい市場が創造できると直感しました。

この結果を何社かの乳業メーカーのマーケティング担当者に話ましたが、未だに実現していません。因みに2年前から行っているシングルス食MAPから分かったことがあります。主婦世帯に比べ、シングルス世帯が大きな市場を形成している一つがモーニングチーズです。

チーズを朝食に食べるという習慣はおそらく日本独特のライフスタイルでしょう。日本には「おめざ」という食文化が江戸時代からあります。寝起きの悪い子供の口に飴玉をポン。すると目がぱっちりの「おめざ」です。かつてシャンソン歌手の淡谷のり子さんが「私のおめざはマシュマロよ」と言いました。モーニングチーズは現代版「おめざ」というのが私の解釈です。モーニングチーズは「朝にはインスタントスープ」が市場を形成したのと同じだと考えています。朝食にスープを飲む習慣は、朝に味噌汁を飲むという伝統文化のリメイクです。朝食にチーズを食べたり、スープを飲むのは日本人くらいです。モーニングチーズは新しい市場を誕生させるポテンシャルを十分に持っています。
top_column_66_1.GIF

2. 食中酒に変身したウイスキー

昨年、炭酸割りのハイボールが大いにウイスキー市場を盛り上げました。市場を盛り上げた背景にウイスキーの顧客価値接点が大きく変わったことが挙げられます。具体的な結果は省略しますが、ウイスキーが夕食と接点を持ったのです。これまでウイスキーは食後や寝酒に飲むのが一般的でした。ところがここ1年のウイスキーメーカーのCMが効を奏したのか、夕食に飲まれる食中酒に変身しました。ワインと同じように、色々な料理と一緒に楽しまれる食中酒という新しいウイスキーの価値が生まれました。寝酒のウイスキーと食事を楽しむウイスキーでは、同じ商品でも価値は全く異なります。

はごろもフーズが新発売した「朝からフルーツ」という果物缶詰が消費者に支持されていると聞いています。これもフルーツ缶詰が朝食という食卓と接点を持ったためだと思われます。

野菜ジュースを夏場の夕食に一番よく飲んでいるのは誰だと思いますか?

シングルスの女性です。

因みに野菜ジュースを一番よく飲んでいるのはシングルス男性です。ついで主婦世帯、シングルス女性と続きます。シングルス男性が野菜ジュースを一番よく飲んでいるのは朝食ではありません。夕食です。その夕食で、8月と9月の2ヶ月だけシングルス女性がシングルス男性を上回ります。

シングルス男性は夕食に野菜ジュースをジュースとして飲んでいます。しかしこの時期シングルス女性の4割は野菜ジュースを焼酎割りで飲んでいます。表は2010年8月の焼酎の飲まれ方です。シングルス男性は乙類焼酎をそのまま飲むか、そのまま飲む缶入りチュウハイ(LTD)を飲んでいます。一方シングルス女性は甲類焼酎を野菜ジュースで割って飲んでいます。マイ焼酎割を楽しんでいるわけです。シングルス男性に比べて、シングルス女性は焼酎との係わり合い方が深いです。

焼酎を飲む機会で、シングルス女性は野菜ジュースと接点を持っています。消費者が商品と接点を持つ機会は市場を形成していることと同じです。

「市場とは消費者と商品の出会いの場である」

今、果物や菓子など嗜好食品の市場が勢いがありません。食卓という機会と接点がもてないためです。

top_column_66_2.GIF

次回はさらに事例をお話しします。

食に関するコラム 目からウロコが落ちる話の一覧に戻る

ページトップへ戻る