
弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。
第78回 美味しさの働き力3 乳化(油と水のくっつきやすさ)
油の旨みは味にある種の重み(ボディ感)を感じさせる働きがあります。また油は色々な味を和らげる作用があります。油の美味しさは5基本味(塩味、甘味、酸味、苦味、うま味)とは異なります。
味を和らげる作用は塩味に効果的だと言われています。かつて安物のカレーには,高価なカレー粉の代わりに、安価な塩が使われていました。その塩味をまろやかにしたのが油です。カレール-には油が入っています。
一つの実験結果があります。
- 食塩水だけだと塩分濃度が5%の違いで、人は塩辛さを感じる。
- 油を入れると10%の濃度差になった時、人は塩辛さを感じる。
塩味を油が包み込み、塩味を感じさせない作用が働きます。
乳化の話をします。
乳化とは通常では交じり合うことのない水と油が細かい粒子となって、分散した状態で交じり合うことを言います。乳化には通常、乳化剤が必要です。マヨネーズは乳化作用を活かした代表的な調味料です。卵の卵黄中のレシチンという物質と卵のたんぱく質が、油と酢を乳化させる乳化剤の働きをします。
シチューやおでんを長時間煮込むと、コラーゲンがゼラチンに変化し、ゼラチンが乳化剤として働き、スープの水分とスープ中の油を乳化させます。結果、口あたりが滑らかなシチューやおでんスープが出来上がります。
カレーにヨーグルトを入れると滑らかになります。ヨーグルトのたんぱく質がカレースープと油を乳化させるのでしょう。
乳化にはバターのように油に水が溶けた油中水滴型と、牛乳やマヨネーズのように水や酢に油が溶けた水中油滴型があります。
- 油に水が溶ける(油中水滴型) バター(油の中に水が分散)
- 水に油が溶ける(水中油滴型) マヨネーズ(酢の中に油が分散)、牛乳、生クリーム(水の中に油が分散)
前々回にお話しした美味しい味噌汁は、味噌汁の粒子が水分中に浮遊している状態の味噌汁です。これも広い意味での乳化だと私は解釈しています。
ぺペロンチーノ・スパゲッティをつくる際、唐辛子とにんにくをよくしみこませたオリーブオイルに麺を茹でた煮汁を入れ、フライパンを小刻みにゆすりながら、一瞬の技で白濁した状態にかき混ぜます。これを料理人の世界では「乳化」といいます。
閑話休題 ぺペロンチーノは7分間のドラマ
パリで出会った料理人から教えてもらった美味しいぺペロンチーノの作り方をご披露します。料理の材料や工程を劇仕立てで表現します。
●舞台背景
昼食のお手軽料理
●役者たち
(用意していただくもの)
- 乾燥パスタ(1.4~1.6mm)
- 塩
- にんにく、唐辛子
- 茹で汁(調理の際の残り汁を利用します)
- 少量のコンソメ・ブイヨン(野菜、チキンなど癖のないブイヨン)
- オリーブオイル(スープと乳化させるオイルと仕上げ用のオイルの2種類。スープと乳化させるオイルは癖の無い安いオリーブオイルかサラダ油でよい。仕上げ用はちょっと香りの良いエキストラ・バージンオイルを使う)
●プログラム
- プロローグ(序盤) ソース作りとパスタを茹でる 鍋にオリーブオイルとにんにくを入れてから弱火にかける。
- 中盤 ソースの仕上げ~美味しさ作りの第1のポイント にんにくの香りが十分出たところで,パスタの茹で汁を少量加えコンソメ・ブイヨンを加え、
- クライマックス(終盤) ソースとパスタを絡ませる~美味しさ作りの第2のポイント アルデンテの一歩手前(パスタの茹で時間の少し前:6分後)に茹で上がったパスタ
- エピローグ(終章) 盛り付け 皿に盛り付けをする。この時点でアルデンテになるのが最高の仕上げです。この間約7分。
- エンドロール(拍手) 食卓に出す 食卓に出す。
じっくりとにんにくの香りをオイルに移してゆく。
同時にパスタを塩を加えた湯で茹でだす。
にんにくの香りが出始め、きつね色に色づいてきたら、唐辛子を適量加える。
辛いのが苦手な場合は、量を調整し調理後取り出す。
再度弱火のまま香りを移す。
鍋を小刻みにゆすりながら、オイルと水分を十分なじませる。料理人の世界で云う乳化です。
茹で汁を加える理由は乳化のためだけではありません。
にんにくがこれ以上に加熱することをストップさせ、焦げるのを防ぐためです。
同時に茹で汁の塩味を乳化したスープに加えるためです。
(茹で汁が少しついている状態)をソースに加え、仕上げ用のオリーブオイルとパセリを加え、
手早く鍋を振ってソースとパスタを完全に絡ませます。
ソースをパスタにからませるのは、煮詰まったソースに水分を補うと同時に、
パスタにソースが絡みやすくするためです。
ペペロンチーノは一見簡単な料理のように見えますが、実際は料理人の腕が一番に試される難しい料理なのです。料理方法を劇仕立てで表現した理由は、難しい料理をわずかの時間で行わなければならないからです。ぺペロンチーノ作りは7分間のドラマです。かの地(フランス)の料理人から聞いた話です。そういえば以前、和食の料理人から聞いた話を思い出しました。和食料理人の腕前は玉子焼きで分かるらしい。一見して単純な料理ほど、料理人の腕がわかる良い例です。
フランスの料理人曰く「ペペロンチーノが成功したかどうかは、次のことでわかります」
■出来上がりの成功・失敗の見分け方
失敗 皿一面にオイルが流れベトベトと残っている。
成功 皿がさらっと綺麗で必要以上のオイルが残っていない。
乳化は何も水と油だけではありません。
酢と油を乳化させることも出来ます。先述のマヨネーズです。次のような実験があります。
- 酢と油を混ぜると1分もたたない内に分離します。
- これにパプリカを加えると少し分離が遅くなります。
- マスタードを加えると3分くらいもちます。
- パプリカとマスタードを一緒に加えると10分くらいもちます。
マスタード(ねばったものより粉状のほうが効果が高いといわれています)とパプリカの相乗効果で酢と油の乳化をさせるわけです。香辛料を乳化剤として使う例です。これが本当に効果があるのなら、ビロードのような舌触りのスパイシーなドレッシングやソースができるでしょう。ただこの効果はたいしたことはないという専門家もいます。
美味しさの働き力の研究は案外に未知の世界が多いのです。
追伸 乳化の逆の働き力を利用する 油と水の反発を利用
コロッケは水分の少ないパン粉を高温の油で揚げるため、パン粉の水分が蒸発し、そこに油が入り、結果、中身の水分を追い出します。油と水が入れ替わり、サクサクとして口あたりの良さを出します。同時に油で入れ替わったパン粉が内側のクリームの水分が外にでるのをガードします。そのためクリームコロッケのようなやわらかい中身でもそのまま包み込むことができます。てんぷら粉はそうはいきません。湿った中身と衣が地続きなので、全体にべっとりしてしまいます。