目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第75回 美味しさを感じる味覚要素

調理科学アプローチには3つの次元を考える必要があります。

  1. 美味しさが働く素材(食材、調味料)
  2. 美味しさの働き力(物性、化学、温度、酸化など)
  3. 美味しさを感じる味覚要素

1.はいわば当然のことです。ポイントは素材の特性や持ち味を活かすことです。2.については次回に述べます。

3.について今回述べます。味覚には塩味、甘味、酸味、苦味の4つの基本味があることはよく知られています。これにうま味を加え5番目の基本味としているのが日本の味の専門家です。一方、うま味は4つの基本味の複合的効果であると考えているのが欧米の味の専門家です。ただ最近はうま味を5番目の基本味として認める専門家が、世界中で増えています。

聞いた話によると「基本味は4つ」の思想が強いシャンパーニュ地方で、昨年だと思いますがシャンパンの大パーティが開かれたようです。ソムリエとして有名な田崎真也さんが参加しました。田崎氏はテーブルに置かれているパーティのテーマ・カードを見て驚かれたようです。カードには次の言葉が書かれていました。

「DASHI」

ダシはうま味そのものです。頑固なフランス人もうま味を認めたようです。

実はシャンパンは複雑な製造過程で「うま味」成分が出るのです。だからシャンパンとダシを使った料理は相性が良いことになります。

突然、話が飛びます。塩の尖った味が残ると料理は台無しになります。生の材料に浸透した塩味のとがりは、どんなに後で調整しても消すことができません。あわてて塩味を薄めても尖りは消えません。塩もみや塩茹でにはくれぐれもご注意を!

逆に粉ふき芋やフライドポテトはわずかな塩の尖りが、ジャガイモの味を引き立てる場合があります。塩加減が味付けで一番に難しいのです。

塩味と甘味は生理的味覚といわれ、微妙な美味しさが調整しにくい味と言われています。

酸味と苦味は情緒的味覚といわれ、味の深みに関係します。人の感情の起伏によって感じ方が変わる味です。

5つの基本味ではありませんが、テクスチャーも美味しさに深く関係する味覚要素です。テクスチャーは舌に感じる滑らかさや、噛んだときの破断性(噛む衝撃による組織の破断(ex.冷たいキャベツ))などです。最近はこのテクスチャーに関心が集まっています。大豆を臼で細かくするときな粉になります。きな粉の甘味や風味は大豆からは想像もできません。きな粉が大豆からできていることを知らない人は案外に多いのではないでしょうか。

食物を微粒子化すると味、色、風味が、がらりと変わります。現在20*ミクロンまで微粒子化する加工技術がアメリカにあります。日本にそのメーカーの日本法人があります。ミリ単位で裏ごしした豆スープとミクロン単位でカットした豆スープでは、味も色も大きく異なります。そんなことを体験、実感した人は少ないでしょう。

筆者が進めている日本食再生プロジェクトの一つ、次世代技術研究では500ナノ(ナノはミクロンの1000分の1です)まで微粒子化する技術を使った商品開発をおこなっています。私の知る限り世界初のナノテクノロジーです。この技術を使うと全く別次元の美味しさが創造できます。いずれご紹介する機会もあるでしょう。

因みにテクスチャーに敏感なのは男性より女性です。テクスチャーは女性を攻め落とす美貌の武器になります。

「悪魔の辞典」(ビアス著)の中に次のような一節があったように思います。記憶を頼っての一節なので原本とは少し違うことをお許しください。

つり餌とは・・・釣り針を美味しく見せるための料理法。最高の料理法は美貌

粒子の細かさの違いが味の違いを生む理由が分かりますか?そのわけは、私たちの味蕾と深く関係しています。私たちは美味しさを味蕾で感じます。それも唾液と食材が混ざり合うことで感じます。食べ物をよく噛みなさいと言うことはそういうことなのです。粒子の大きい素材は味蕾に浸透せず、味を十分に感じさせてくれません。微粒子化するとその粒の大きさや形状(丸形、尖り形など)によって味や風味が変化します。香りも変わります。

フランスで野菜のうま味だけでスープを作る調理技術があります。台所の微粒子化テクニックです。フランスの伝統的な家庭では、ムーランという野菜を裏ごしする調理器で野菜スープを作ります。フランスのお袋の味です。日本の裏ごし器のようにすりつぶすのではなくカットします。すりつぶすと食材の細胞が壊れ、うま味や素材が持っている味が壊れます。カットすると細胞が壊れにくくなります。それだけ野菜本来のうま味とコクが残るのです。

ムーランを使うと、アミノ酸のうま味とは別次元の野菜のうま味やコクがでて、風味豊かな濃厚スープができます。牛や鶏など動物系のブイヨンは一切入れません。今年の春頃女性人気が高い「Soup Stock Tokyo」のお店の人の話ではスープはフランスの伝統的料理法をベースにしているようです。ただし「Soup Stock Tokyo」のスープはほとんどが動物系ブイヨンが使われているとのことでした。

フランスのレストランで使われている「PACO JET」をご存知ですか?1台数十万円から数百万円する高価な調理機器です。この調理機器を使うと野菜が10ミクロン近くまで微細化できます。日本の加工食品メーカーの技術者の間でこのことは案外に知られていません。「PACO JET」を使った野菜スープは本当に滑らかな濃厚スープです。フランスの食品スーパーには、この技術を使ったと思われる野菜スープがずらりとならんでいます。今年の2月、パリで見てきました。ヌーベルキュイジーヌの元祖、ジョエル・ロブションが作った野菜スープが今年の春から新発売されました。フランスの友人が送ってくれました。フランスは野菜スープを食べる国です。

「スープを飲むのではありません!」

「スープは飲むもの」と考えているのは日本人ぐらいではないでしょうか・・。

料理の温度も美味しさと深く関係します。料理を味わうことは時間との競争です。

「冷めたらまずい」

ところが美味しさ研究をしているうちに面白いことに気づきました。作りたてをゴールにした美味しさづくりではなく、作って時間がたち冷めた状態をゴールにした美味しさづくりがあることに気づきました。 だからといって冷製料理ではありません。

例えば駅弁や幕の内弁当です。駅弁や幕の内弁当は冷めた状態で美味しい料理です。駅弁や幕の内弁当は、作りたてから時間が経過することを計算にいれた料理です。いつ、どんな時に食べてもらうかを考え、その時に一番美味しい状態で食べられるよう調理を行います。幕の内弁当にはさまざまな素材で作られたさまざまな料理が入っています。それらが作られて、ある時間を経過した際、全てが一番美味しい状態になることを計算して調理されています。その計算の技が料理人の腕です。

冷めた状態が美味しい料理を作る技は非常に大事だと思います。このことを感じたのはパリの安宿での小さな出来事でした。スーパーで買った紙パックの野菜スープを、部屋には温める火も鍋もないので、仕方なしにそのまま飲みました。

「うまい! まるで野菜スムージーだ!」

温めて飲む美味しさとは違った美味しさを感じました。そのとき冷めた状態をゴールにした美味しさづくりを思いつきました。
パッケージには「温めて飲んでください」としか書いてありません。もちろん温めると、別な美味しさが楽しめるでしょう。
 
色も美味しさと深く関係しています。料理の最初に感じる美味しさは見た目が非常に影響します。ファースト・インプレッションの美味しさです。一目惚れみたいなものです。確か英語では次のように言ったと記憶しています。

[It was love at first sight for me]

たとえば色が濃いと味が濃く感じます。うどんの東西の汁の違いがそれです。関西の汁のほうが塩分は高いのですが透き通るように澄んでいます。関東汁は関西に比べて塩分が低いのですが濃い口醤油で色黒くなっています。関西の汁より関東の汁のほうが辛く感じる方が多いようです。

小生の迷言
「一目惚れの恋愛時代と長い人生の結婚時代の違いだ!」は不謹慎でしょうか?

香りやフレーバーも美味しさに関係します。フレーバーは単なる香りではなく、食物を口に入れた時に口から鼻に抜ける風味です。因みに英語ではフレーバーは美味しさそのものを意味します。「旬の季節の食べ物が一番美味しい」を次のように言います。

[In season, foods have best flavor] 

筆者は現在、柑橘系のトップ・フレーバー(レモンの皮に含まれる、華やかで最も揮発性の高いフレーバー)の研究にかかわっています。最近人気が高まっているウイスキーのハイボールの美味しさの秘訣が、レモンの皮から抽出した微量のトップフレーバーと微炭酸水にあることを知っている方は案外少ないでしょう。微炭酸水は舌に甘味を感じさせるよう働きます。強炭酸水は辛く感じさせます。この人気店が銀座の「ロックフィッシュ」のハイボールです(1杯800円)。「これがウイスキーの炭酸割りか!?」と見紛うほどの美味しさです。「是非、お試しあれ!」

水にも香り立ちが良くする作用があるようです。この力を利用すると面白い飲み物ができるように思っています。かつて「桃の天然水」が大ヒットしたことをご記憶の方も多いでしょう。桃の天然水をニア・ウォーターといいます。コカコーラが出している「い・ろ・は・す(みかん)」はフレーバード・ウォーターといいます。この違いわかります?

味(糖類など)の調整の違いです。

ではどちらのウォーターが味の調整を行っている?

後者です。

食MAPによると、東日本大震災以降、驚異的に伸びているのがミネラルウォーター需要です。ここに思わぬマーケットチャンスが潜んでいます。

アルコールが持っているボディ感も重要な味覚要素です。ボディ感の正体はあまりよく分かっていませんが、アルコール中のエタノールが関係しているようです。エタノールは粘膜を通して、味以外の感覚情報(触覚、温度覚、痛覚)を伝え、一種の甘味と苦味を醸し出すといわれています。

ボディ感を上手に使うことで美味しさづくりをしている例がカクテルです。シンプルなカクテルほどバーテンダーの腕がわかるといわれています。そこにボディ感が関係しています。例えばドライジンとベルモット(白ワインをベースにしたハーブのリキュール)と氷でつくるカクテルがあります。氷は冷やすためで水分は極力出さないようにします。そのため。シェイカーは使いません。シェイカーでは氷がくだけ、水っぽくなります。マドラーで氷同士が喧嘩しないようにやさしく、すばやく回転させ、シェイクします。シェイクは味を均一にするのではなく、味を重ねるようにかき回すのです。そしてカクテルグラスにそっと注ぎます。最後にオリーブを添えます。最高のマティーニの出来上がりです。

日本で最高クラスのバーテンダーである毛利隆雄さん本人(銀座の老舗バー「GINZA MORI BAR」のオーナー兼チーフバーテンダー)から聞いたところでは、ボディ感のあるドライジンはアイルランドのブードルス・ジン(減圧蒸留)が最高らしい。減圧蒸留は沸点温度が低い低温蒸留なのでフレーバーが失われにくいのです。

次回から美味しさの働き力(物性、科学、温度、酸化など)についてお話します。

*正式単位はナノメートルですが慣れている通称ミクロンを使用して記述しました。

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