目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第68回 大震災後の日本の食卓市場課題

昨年「21世紀の10年の食卓潮流に潜む温故知新の法則」リポートで、食MAPから2000年~2009年までのデータを用いて食卓潮流を明らかにした。目的はここ数年ほど、多くの食品メーカーで自社の主力商品の見直しや第3の柱になる商品開発が盛んになり、そのために、食卓トレンドに注目が集まったことへの対応である。
また今年に入って2010年のデータが出たので分析を加えたところ、2008年(リーマンショックの年)を境に食卓潮流に潮目の変化が現れたことがわかった。ところが今回の大震災である。
私はたまさか、アメリカの内食回帰の動きを調べるため(アメリカでも日本同様に内食回帰が急速に起きている)、成田国際空港から出国手続きをしている最中に、このたびの東日本大震災に遭遇し、一昼夜、空港に足止めをくらい、2日目にようやくアメリカ西海岸へフライトした。日本の惨事を彼の地で見ながら、アメリカ食品市場の視察を踏まえ、今後の日本の食品市場を考えてみた。このたびの東日本大震災は、2008年から起きている食卓での潮目の変化を一部では強化し、一部では大きく変えると考えられる。

大震災後の食市場潮流

  1. 日本の食品市場の再生にアメリカの活力の高さを学ぶ

  2. アメリカは世界で一番の多民族国家の実験場である。日本のようにファッションとして食文化が輸入されるのとは異なり、民族の受け入れと、その民族の食文化の受け入れが同時に進み、それをさらにアメリカナイゼーションする。この懐の深さが活力ある食市場を作り上げている。
    日本社会とアジア社会や西洋社会のフュージョン(融合)、ハイブリッド(複合)が活力の鍵を握るだろう。
  3. 実質とアメニティが共存する食に学ぶ

  4. 生活の多忙化の中で実質的でルーティーンな食と、週末や特別な日、友人とのパーティなどでの濃密な食がメリハリよく行われ、全体として満足度の高い食生活を送っているのが中流階級アメリカ人のライフスタイルである。
    いま、日本で起きているポスト飽食時代の新しい豊かさ実現の芽が、この点に隠されているように思う。
  5. 家庭料理の概念が変わる

  6. 献立構造の変質(進化)と調理の変化(意識と行動)が起きるだろう。これは日本の食文化誕生の歴史と深い関係にある。貴族(平安時代)⇒武士(室町時代)⇒商人・企業(元禄時代)と食文化誕生の主役が変わってきた。その法則を未来に投影すると、21世紀は市民が食文化誕生の主役になる。それが起きるのが2010年代である。私が「時代の振り子の要理論」を使って20年前から主張してきた未来予測である。この兆候が今回のアメリカの家庭訪問で認められた。一言で言えば「イージー・クッキング=料理の惣菜化」である。イージーとはいえ、日本のように買ってきた惣菜をそのまま食べるという習慣はアメリカ人にはない。何らかの手をかけている。それで十分、家庭の味と考えているようだ。ちょっとしたニュアンスの違いが起きると、日本の食品市場は大きく変わる可能性がある。
    日本でも食材の多様化から、味の多様化の流れが顕われている。ソースやスプレッド、シーズニングが多様化しているアメリカに学ぶべき点が多い。
  7. 高度成長型から決別する食市場

  8. アメリカと日本で共通している事柄がある。「家族との絆」「健康」「合理的化と快適化の両立」が重視され、それが内食回帰の大きなうねりの中で日米同時に起きている。
    『孤食・個食の時代』は終わりを告げるかもしれない。因みにここ数年、アメリカでは『ファミリー』の見直しが、出生率増加と同時に進んでいる。「多世代家族」という概念も登場している。
    実質的でライトな食と、快適で濃密な食を、バランスよく実現する日本型ミールソリューション開発が、食品業界の大きな課題となる。
  9. 個別化への進化

  10. 食品、食事内容でもジェネレーション、男女、食事の機会、食事の重要性、健康状態など個々の状況に応じたニーズが存在する。それを考えた食品、食事がさらに細分化されていく。自動車業界が個々の好き嫌いに応じて注文を受けて、バイヤーの好みのデザインを作ったように、それに必要なミールソリューションも食品業界で考えなければならない。お仕着せの商売はすでに終わっている。

食品業界の課題(行方)

  1. 食品メーカーと流通が新たな役割分担と協働を始める

  2. 地域と生活に密着した個性的な食品スーパー。国民のニーズを先取りした食品メーカー。両者の新たな役割分担と協業が始まるだろう。というより始めることが日本再生の大きな課題である。これが実現できない企業は消費者から見放されると思ったほうが良い。
    日本の食品スーパーにはマーチャンダイジングはあるが、マーケティングが完全に欠落している。マーチャンダイジングはモノ型のビジネス手法である。マーケティングは消費者とのコミュニケーションを含めてコト型のビジネス手法である。
    食品スーパーの大半がメーカー丸投げの受身的経営を日常化している点についても見直しが始まるだろう。そのための人材育成は急務である。アメリカの食品スーパーは自らのスタンスを明確にし、それを売場作りとPB商品開発で体現している。日米でもっとも大きな違いが食品スーパーの経営姿勢の違いである。その意味で日本の食品スーパーは30年遅れている。
    大企業(メーカー、流通)とローカルメーカーとの新たな協働を始める必要がある。そのために、市場の多様性と統合性を共存させる経営手腕がトップに要求される。最近流行のホールディングス経営はそのためにあるのではないか。業態開発と経営開発のできない会社に明日はない。
    大企業が小企業のごとく動くことが重要になってくる。
  3. 主張する食品・売場

  4. 「言葉は精神の肉体」とある哲学者が言っている、それを例えれば食品や売場は主張しなければならない。目立つだけのデザインの奇抜性や、一過性的なファッション食品は市場から排除される。
    そして実質的な価値を示すパッケージ革命に繋がるだろう。日本の包装材はエコ製品を含めてイメージ先行で、主張性とコンビニエンス性に欠けている。
    一目、売場を見て分かる食品スーパーのスタンスと置かれている商品のコンビニエンス性、安全性。個性豊かな主張でカテゴリー創造される売場。そんな食品スーパーがこれからの日本の消費者の共感と感動を呼ぶだろう。
    販売方法への工夫がキーポイントになる。通り一遍の売り場は消費者から見放される。コンビニもこのままでは飽きられる。
    日本人の鮮度嗜好(生嗜好)についても再考が求められるかもしれない。過度な新鮮嗜好ではない実質的なナチュラル志向が生まれるだろう。
  5. ハイブリッド化するミールソリューション市場

  6. さまざまな次元で食品市場がハイブリッド化するだろう。サプリメントと食品のハイブリッド化、ジャンクフードと健康食品のハイブリッド化、食品(モノ)と健康プログラム(サービス)のハイブリッド化、食品と調味料のハイブリッド化(プリペアード食品)などである。
    同時にTPO×ターゲットによる市場セグメンテーションが進むだろう。
  7. スローフード(ヘルシー)&ファストミールが食のキーワードになる

  8. 穀類、豆、ナッツ、フルーツ、油脂など、古来から民族の繁栄を支えてきた食糧の見直しが始まり、それをベースに健康でイージーな食生活スタイルを実現する企業が消費者に受け入れられるだろう。
    「野菜はもっとも高価な食材」という消費者認識の変化が起こり、食品業界、とりわけ食品スーパーの売場づくりを大きく変えるかもしれない。穀類も栄養価の高い全粒穀類をいかにおいしい製品にするかなどの努力が、製品の価値を上げる。
    5、6年前、アメリカでファスト・カジュアルという言葉が流行った。今回の視察で感じたことは、食品はスローフードでヘルシー、しかし食事はコンビニエンスでイージー。この一見してあい矛盾する事柄を束ねる上位のコンセプトを体現する企業がこれからの食品市場をリードするだろう。
  9. 環境問題に対応する商品は、さらに伸びるが、違った方向を考える必要がある

  10. 流通でも生産でも地方性を持ち、さらに実質的な環境問題を考えた製品、製造業における消費者が認識できる取り組み(たとえば、包装など)、業界全体での消費者へのアピールが重要になってくる。特に震災後の復興における地方の農業再建と製造業、流通業との連携などが重要になってくる。

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