目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第62回 教科書が教える消費者行動理論は間違っている ~パート1~

中食産業の有名なコンサルタントA氏から面白い話を聞いたことがあります。東京都心の浜松町オフィス街の一角にイタリアンレストランが開店し、毎日押すな押すなの賑わいぶりです。そのイタリアンレストランの人気の秘密を探るため、A氏は現地調査に出かけました。お昼ランチの時間帯、店の外まで待ち客の行列ができています。A氏は行列の最後尾に並びました。A氏の前に若いOL風の2人の客が並んでいました。どうやらひとりはこの店の常連客のようです。もうひとりは初めて連れられてきた客のようでした。初めての若いOLが連れの常連客に尋ねました。

「ねえ、この店そんなにおいしいの?」
「ううん...、特に食べたいと思う店が他にないから」

A氏はギョッとしました。

『この若い常連客は特に食べたいと思う店が他にないから、この店を利用しているだけなのだ。そんな店に長い行列ができている。それをマスコミが騒いでいる。もしこの店よりちょっと美味しい店が他にできたなら、一体この行列はどうなるのだ!?』

ニーズが潜在化した消費者の行動は非常に移ろいやすく、心を射止めることは容易でありません。
ニーズが潜在化している消費者は一体どんな行動をするのでしょうか? 

カレーを例に考えてみましょう。
「カレーが食べたい」というニーズが顕在化しているB氏がいます。B氏のカレーに対する行動を、消費者行動理論の教科書に必ず載っているちょっと難しい「動機づけ理論」を使って考えてみます。

昼近くになりB氏は「カレーが食べたい」と思いました。
動機づけ理論では「カレーが食べたい」を「欲求」と言います。「欲求」は消費者が行動を起こすためのポテンシャルの高さを表します。「カレーが食べたい」という欲求が強いほど欲求解消の行動ポテンシャルは高まります。
「カレーが食べたい」という欲求が強まったA氏は、欲求を解消するべく特定の行動を選択します。

「レストランで食べようか」
「コンビニ店でテイクアウトしようか」
「カレーを手作りしようか」

特定の行動を選択する心理過程を「動因」(ドライブ)と言います。B氏はレストランでカレーを食べることを選択しました。B氏はレストランを探すべく車のハンドルを握りアクセルを踏みました。
レストランで食べると決めたB氏はカレーレストランを求めて車で街に出かけました。目指すレストランの看板を見つけ店に入りカレーを注文しました。レストランの看板を見つけ出す行為を「誘因」(インセンティブ)と言います。誘因であるレストランの看板はB氏にとってレストランを探すための目標にあたります。

「欲求」⇒「動因」⇒「誘因」の一連の過程で、B氏の行動は完結します。これが教科書に書かれている「動機づけ理論」です。消費者行動理論の基本中の基本です。そして教科書に書かれている動機づけ理論はこれでお終いです。ここでマーケティングの名探偵登場です。名探偵は思いました。

『果たして、本当にそうなのだろうか?』

マーケティングの教科書に書かれている動機付け理論には暗黙の大前提があります。

『消費者の欲求は顕在化している』です。

名探偵はこの大前提に日ごろから疑問を感じています。

『もしB氏にカレーが食べたい欲求がなかったら、事件は一体どうなるのだろうか?』
『実際に先ほどのイタリアンレストランの若い常連客のように、欲求が半ば潜在化した状態で起きる事件が頻発化しているではないか』

名探偵はC氏の昼食行動を思い出しました。
C氏はオフィスで昼食をとる時刻になりました。しかしC氏は特に食べたいものがありません。そんなC氏はB氏とは全く違った行動をとりました。

「○○を食べたい」という明確な欲求を持っていないC氏の行動選択(ドライブ)は不明瞭です。C氏は何か食べなければと思いとりあえず街に出ました。明確な「カレーが食べたい」という欲求をもっているB氏は、すでにカレーレストランの看板を探す(インセンティブ)行動に移っています。しかし明確な欲求のないC氏は、街をうろつきまわります。そのうちに美味しそうなカレーの香りがしました。

「そうだ今日はカレーにしよう」

その前に美味しそうな蕎麦屋のダシの香りを嗅ぎました。

「そうだ今日は蕎麦にしよう」

もし何のきっかけもなければ、行きつけのコンビニ店にふらりと入り、棚にあった馴染みの弁当で済まします。馴染みの弁当が無かったら昼食を抜くかもしれません。

B氏とC氏のニーズの違いを整理してみましょう。

B氏のニーズは「カレーが食べたい」です
C氏のニーズは「食べたいカレーが食べたい」です

C氏の「食べたいカレーが食べたい」とは一体どういう意味でしょうか?C氏にはB氏にない2つの動機づけの謎があるのです。謎解きは次号をお楽しみに。

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