目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第57回 あなたは食卓天動説派?

皆さんは「お隣さんの今晩の夕食は何?」と、思ったことはありませんか? お隣さんの食卓は未知の食卓です。
10年ほど前、ある食品メーカーの商品開発のお手伝いをしていた時のことです。会議の場に、その会社の社長さんが、突然、割り込んできました。

「何故、東京の消費者は天ぷらにソースをかけないのか?」

その会社はソースで有名な会社です。ですから社長さんは天ぷらにソースをかけない東京の消費者に、日頃から我慢がならなかったのです。社長さんの一言で、会議は一瞬、フリーズしてしまいました。私はその場を取り繕うよう、次のような説明をしました。
「東京では天つゆか塩が普通だと思います。社長さんは高知県生まれですから天ぷらにソースをかけるでしょう。たしか四国では天ぷらにソースをかけるところがありますよね。しかし東京では少ないです」
社長さん、全く納得しません。とどめの一言をおっしゃりました。
「我が家は東京にある。我が家の家族は皆、天ぷらにソースをかけている」
社長さんは、自分の食卓が世間の食卓と同じだと思っている。だから東京人が天ぷらにソースをかけない非常識に我慢ができない。
こんな事、皆さんも経験したことがあるのでしょう。自分の食卓と世間の食卓が同じだと思っている状態を「食卓天動説」と呼んでいます。17世紀始め、ガリレオは「地球は太陽の周りを回っている」という地動説を唱えました。しかし当時のカトリック教会の天動説に裁判で負けてしまいました。地動説を主張すると死刑になります。ガリレオは太陽が地球の周りを回っていると認めざるをえませんでした。裁判後、彼は周りに聞こえない様に小声で言いました。
『それでも地球は回っている』

ちょっと深刻な話もあります。私の行きつけのもつ焼き屋のご主人は、食にたいへんこだわりをもっています。私が美味しい店を紹介すると、すぐさま出かけ、店の料理の味を確かめるほどの熱心な方です。そして大概は「あの店は駄目だよ」とガツンと言われます。なかなか辛口派のご主人です。食品選びは当然、安心と安全をモットーにしています。そんなご主人に食MAPから判った、うまみ調味料の話をしたところ、言下に否定されました。
「それはおかしい。そんなデータが出る食MAPモニターは普通の消費者じゃない」
詳しいことは本書で明らかにしますが、食MAPから、うまみ調味料が世間の予想以上に家庭で使われている事実を話したのです。私の話を頑として信じないご主人は、さらに追い討ちをかけるように言いました。
「大体、最近、食品売場でうまみ調味料を見たことが無いですよ。そんな商品を使っている人なんて、今日いませんよ!」
ご主人の主張と食卓の事実の違いはいずれお話します。因みにうまみ調味料が売場で見当たらないと思ったのは、容器のデザインが変わっていることをご主人が知らなかったためです。これは後から分かりました。昔の容器しか知らない。うまみ調味料に全く関心が無い。この2つが原因して、ご主人に『うまみ調味料は売場にない』と判断させたのです。それ以上に「うまみ調味料は良くない」というご主人の強い思い込みが、全ての事実に目隠しをさせてしまったのです。こうした思い込みは、業界にとって忌々しき問題です。これも「食卓天動説」です。

これだけ科学技術が発達した現代において、隣の食卓はまるで失われた暗黒大陸です。失われた暗黒大陸には「思い込み」という怪獣や野獣が横行しています。この怪獣や野獣が、日本の食卓の事実を観る目を撹乱させています。一番の問題は「日本の食卓は崩壊している」という大誤解です。
最近「日本の食文化は廃れた」とか「家庭の食卓は既に崩壊している」といったショッキングな記事や論文が世間を騒がせています。しかし、果たしてどこまで客観的に事実を見ているか大いに疑問です。というのも365日の食卓を食MAPから10年以上にわたり観察していると「日本の食卓は案外に健全である」「世間で言われるほど食文化は崩れていない」という印象を持つことが多いからです。「観察と解釈の仕方に問題があるのではないか」という疑問を持ちつづけています。この大誤解を解かなければ、日本の食卓は本当に崩壊してしまいます。

食MAPから食卓を科学する小本をこの秋に出版する予定です。日本の食卓という暗黒大陸に科学の光を当てることが目的です。小本から様々な食卓の新事実を知った時、皆さんの常識のほとんどが覆されるでしょう。覆された常識は、皆さんが思い込んでいたことの証です。
思い込みと、思い入れは意味が異なります。なんの事実もない自分勝手な思いが「思い込み」です。たとえわずかな事実でも、その事実を冷静に科学し、その事実の上に、自分の熱い思いを重ねることが「思い入れ」です。大切なことは「思い込みの食卓」から「思い入れの食卓」に舵を切り替えることです。

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