目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第52回 食材の多様化から味の多様化に向う食卓

食MAP は1000メニューについて365日の食卓調査を実施しています。ここで問題です。

問 1年間で全員のモニターさんの食卓に登場した料理は何種類?

答 ご飯と味噌汁 (2006年)

1000種類の料理のうち、100%の食卓にのぼる料理はご飯と味噌汁の2種類だけです。他の料理はいずれかの家庭で1年間に一度も出なかったわけです。この事実、裏を返せば、米と味噌汁を基本に日本の食卓はできている事になります。
お役所や米の産地は米消費が減少していことを心配していますが、米を中心に食卓が出来上がっていることは、昔も今も変わらないのではないでしょうか。この点をもう少し詳しく見るため、米を使った料理の食卓登場回数を追ってみました。

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2000年から2009年にかけて米のTI値は一進一退しています。しかし減少傾向をたどっているわけではありません。2002年から2004年にかけて下がっていましたが、2004年を底に回復傾向です。2000年の米の登場頻度はTI値297.4でした(1000食卓あたりの米の材料数。一つの料理に2種類の米が使われると2カウント)。2009年はTI値302.3と10年前に比べわずかに増えています。
表にご飯と味噌汁の登場頻度(メニューベースのTI値)も掲載しています。ご飯は下がっていません。味噌汁の登場回数は2008年以降、減少気味ですが、2004年から2007年にかけては増えています。
表は食卓に登場する料理に米が使われた頻度です。食べた量まで分かりません。お役所や産地が心配している米消費の減少が本当に家庭で起こっているとしたら、一回当たりの食べる量が減っているためでしょう。ただ米料理と食卓の「接点」という意味では、決して米離れは起きていません。「たくさん食べて欲しい」と願うのは、あまりにお役所や農協の勝手ではないでしょうか。
米料理と味噌汁が日本の食卓の基本ということは、日本人の味覚や食文化が、昔と変わらず受け継がれているという風に解釈することができます。大胆に申し上げます。

「日本の食卓の基本は変わっていない」

米への嗜好の強さが、食卓の料理に大きな影響を与えていることがわかりました。影響は次の2つの側面で起きます。

  1. 米料理に合わない料理は食卓に出にくい
  2. 洋風・中華風料理も米料理にあう料理に変身させてしまう

1 に関連して米料理と他の料理との相性をみてみました。ここで問題です。

問 次の料理は米料理と相性が良いと思いますか?悪いと思いますか?
ビーフステーキ フライドチキン ハムのオードブル チーズ

答 全て相性が良い。

ビーフステーキが食卓にのぼると、ご飯が普段の1.5倍登場します。フライドチキンが食卓にのぼると、おにぎりが普段の3.6倍登場します。ハムのオードブルが食卓にのぼるとチラシ寿司が2.2倍登場します。チーズが食卓にのぼるとカレーライスが1.5倍登場します。
米料理と相性のよくない料理は、パンとスパゲッティ、それにブイヤベースとチーズフォンデューぐらいです。パンやスパゲッティは米料理と同じ主食に属します。同じ主食の麺類でも、そば、うどん、ラーメンは米料理と相性が良いです。関西ではうどんとご飯は定番定食です。ラーメン・ライスも若い人の人気定食です。
ブイヤベースとチーズフォンデューと相性が良い料理は、フランスパンです。日本で主食扱いをされているフランスパンと、米料理は相性がよくありません。

365日の食卓では米料理とパン料理をめぐる愛憎劇が繰り返されています。そして食卓劇の主役をつとめているのが米料理です。これが日本の食卓の基本です。
ブイヤベースとチーズフォンデューが、なかなか食卓に登場しない大きな理由は米料理との相性の悪さではないでしょうか。もし米料理と相性の良いブイヤベース、チーズフォンデューが発明されると、食卓の出番をぐっと増やすでしょう。

2 に関連して、ご飯と味噌汁についで普及している料理を調べてみました。

3位 焼き餃子(普及率:99%)
4位 ミックス野菜サラダ(98%)
5位 鮮魚の塩焼き(98%)
6位 チャーハン(97%)
7位 温かい汁うどん(97%)
8位 刺身(97%)
9位 冷奴(97%)

焼き餃子が普及率99%でトップ3に驚きました。よく考えてみれば餃子の本場である中国に焼き餃子はありません。本場の餃子は蒸し餃子か水餃子です。焼き餃子は日本で出来た和中折衷料理です。それに焼き餃子は醤油をタレにして食べます。4位のチャーハンも醤油を使った和風味です。チャーハンについているスープも醤油味です。サラダは西洋料理に属しますが、ドレッシングの5割は醤油味の和風ドレッシングです。焼き魚、刺身、うどん、冷奴は代表的な和風料理です。
みなさん、ここで何かに気付きませんか?

「全て醤油味の料理」

どうやら米料理にあう料理とは、洋風料理であろうが中華料理であろうが、醤油味の料理のようです。

醤油が庶民の間に広まったのは、意外に新しく江戸時代です。室町時代に味噌づくりの過程で出来た溜り汁から作られた醤油は、江戸時代に大いに普及しました。その大きな原動力になったのが「江戸前」に代表される新鮮な魚です。醤油は新鮮な魚を日本人好みの料理にするために、大変便利な調味料として江戸庶民に受け入れられました。醤油は生魚の臭みをなくし、アミノ酸の旨味で、魚の味(というより食感)を引き立てるのに打ってつけの調味料です。その極めつけが刺身です。
和風料理は鮮魚と醤油の相乗効果で発達したと考えられます。割烹とは、魚を包丁でさばき、煮る調理を意味する言葉です。これに味噌が加わります。さらに昆布や鰹節や煮干のダシが加わります。これら全てアミノ酸の旨み味です。私達の食卓は、昔も今も、米料理を美味しく食べるために、アミノ酸の旨味で調理した料理でやさしく包まれているのです。これが「お袋の味」です。

ご飯と醤油味は、日本人特有の味覚をつくり上げました。例えば、新鮮な魚と醤油との関係が、日本人の食材に対する鮮度嗜好を世界に類を見ないまでに高めました。日本人の鮮度嗜好は、新鮮な魚に対する嗜好が強く影響していると考えられます。これに野菜や肉に対する鮮度嗜好が加わりました。私たちが料理店で料理人を褒める言葉は、大概が「良い素材を使っているね」です。
食材に対する鮮度嗜好は、別な側面で和風料理に影響を与えました。和風料理は特定の食材の味を楽しむ料理が多いです。そのため日本料理には食材を強調した料理名が多いです。「河豚ちり」「鯵のたたき」「ブリ大根」「焼きなす」など特定の素材の良さを強調しています。
ヨーロッパの料理は特定の食材を強調した料理は少ないです。ブイヤベースやパエリア、シチューなどは素材を強調していません。ヨーロッパの料理は食材よりも、ソースやブイヨン、スパイス、シーズニング(香味)などで、個性豊かな味をつくる料理人が褒められます。家庭料理も同じだと聞いています。アメリカの食品スーパーには冷凍の牛肉や鶏肉の種類に比べて、つけ合わせのソースやスパイスの多さが目立ちます。日本人はどんどん新しいものを見つけることに熱心です。反面、料理法については保守的です。味についても同様です。ヨーロッパ人の味覚は、食材面では保守的ですが、料理面では非常に幅が広いようです。
多様な食材を楽しむことが、食の豊かさにつながっているのが日本の食卓です。和風旅館の料理の品数の多さを見れば分かります。大概の旅館は10品以上の料理が夕食に上ります。多くの食材や食品を楽しみたいという日本人の嗜好の結晶が、旅館の料理の多さです。個人的なことで恐縮ですが、私はあの料理の多さには閉口します。これが飽食につながっているように感じられます。一方、ヨーロッパの料理は、限られた食材を多様な味付けで楽しむ嗜好を持っているようです。

食材の多様化はこれからは望めません。世界的な食糧問題が飽食を許しません。前回のコラムで述べた、経済的な豊かさに変わる、新たな豊かさへの意識変化が、料理の品数の多さに歯止めをかけています。日本の食卓は、21世紀に入って変わろうとしているのではないでしょうか。それを科学し、考えるのが私の与えられた役割です。
次回は、日本人の味覚嗜好の変化に迫ります。

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