目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第51回 飽食時代の次ぎに来る食の豊さ

最近、経済不況が原因した、生活防衛型の巣篭もり消費や内食回帰がマスコミで騒がれています。ただ内食回帰は、最近起きた現象ではありません。食MAPによると既に2004年から始まっている現象です。経済的な問題だけで起きている現象でもありません。内食回帰は人々の食生活意識が変化しているために起きている現象です。この事実を見間違って、価格競争や低価格型PBに狂奔している食品小売業の多いことに私は驚いています。

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表1は朝食と夕食について、自宅喫食率(内食率)の10年間の推移を表しています。内食率は朝食、夕食ともに、2000年から2003年まで下がっていました。ところが2003年を底に.上昇に転じています。例えば2000年の夕食の内食率75.0%が、2003年71.6%と3ポイント以上落ちています。その後夕食の内食率は上昇に転じ2009年に76.5%と、2000年より高くなっています。内食率は2003年を底に回復しているのです。

何故、2003年を底に内食回帰が始まるか、はっきりした原因は判りません。ただ食卓の潮目が変わったことだけは確実です。ここ10年、食卓の潮目が変わるいくつか事件がありました。2001年から最近までの社会事件をおさらいしてみましょう。

2001年に小泉内閣が発足しました。小泉内閣は2006年の秋まで続く長期政権下で、郵政民営化など構造改革を断行しました。小泉劇場が始まったわけです。
2001年9月に狂牛病感染の牛が国内で確認され、牛肉需要の激減など食生活に大きな影響を及ぼしました。9月にニューヨーク世界貿易センターの同時多発テロ爆破は、多くの人々に「日本も世界の中で安穏としていられない」と思わせたでしょう。
2002年6月に交通法改正による飲酒運転の罰則強化で、外食産業が打撃を受けました。これが内食回帰の1つの引き金になったかもしれません。8月に中国冷凍野菜から残留農薬発見され、その後、表示偽装など「お詫びとお知らせ」が相次ぎました。
2003年「おれおれ詐欺」が多発し、「ばかの壁」が大ヒットしました。5月に宮城沖にマグニチュード7.1の大地震が発生し、改めて地震の恐ろしさを感じさせました。
2004年スマトラ沖大地震発生。山口県で鳥インフルエンザ感染確認。
2005年9月村上ファンドが阪神電鉄の筆頭株主、10月に楽天がTBSの筆頭株主。ライブドアのホリエモンが気を吐いた年です。そしてマンションやホテルの耐震強度偽装事件化。「金持ち父さん、貧乏父さん」が話題になりました。
2006年11月に景気拡大時期がいざなぎ景気を追いぬき、企業は5年連続の増収増益を達成しました。しかし庶民に生活の豊さの実感はありません。6月に村上ファンド代表がインサイダー取引で逮捕、ライブドアの幹部が東京地検特捜部に起訴されました。9月に短命の阿部内閣が発足。中国で株投資に狂奔する中国人がマスコミで取り上げられました。株価が年末に1万7千円台回復。
2007年1月に不二家の賞味切れ牛乳使用発覚。8月に白い恋人賞味期限改ざん発覚。10月に赤福の消費期限及び製造日・原材料表示偽装発覚。11月に船場吉兆の食べ残しを再提供発覚。12月に中国産冷凍餃子事件勃発。食の安全性にかかわる事件が嫌になるほど多発した年です。
そして2008年9月にリーマンショックを引金に起きた金融大不況。一夜にして全ての繁栄が消えました。

2000年からの10年は「何も良い事が無かった」。そして「これからも、何も期待することがない」。多くの人々はそう思っているでしょう。
未来に希望が持てない状況が複合的に作用した結果が内食回帰に繋がっているのではないでしょうか。人生の大きな目標が見えず、身近な生活に『幸せ』を求める人々が増えているのではないでしょうか。食卓に関心が集まるのも当然です。。
以上を裏付けるデータがあります。図1がそれです。

図1 今後の生活の力点

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図1は内閣府が毎年行っている全国世論調査「今後の暮らしの重点」調査結果です。2000年ごろまで、国民の生活の重点は1位「レジャー・余暇」2位「所得・収入」3位「自己啓発・教育」でした。食生活は4位でした。ところが2003年あたりから様相を一変させます。
2003年に「食生活」が「自己啓発・教育」を抜き、3位に浮上します。2007年に2位の「所得・収入」と肩を並べるまで上がります。2003年以降、生活の力点が食生活に置かれるようになっています。このまま行けば1位の「レジャー・余暇」を凌ぐかもしれません。「携帯電話やレジャーにお金を使うが、食にはお金使わない世代が増えている」という世間の常識とは趣きが異なります。

内食回帰にかかわる、もう1つの興味ある事実を発見しました。
夕食の食卓満足度も2003年まで下がっていました。ところが2003年を底に上がってきています。内食回帰と夕食の食卓満足が同じ動きをしているのです。そこで夕食の食卓満足度について、何が関係しているかを調べてみました。

  1. テーブルにのぼるメニューの数
  2. 調理に手間をかけたと答えた割合
  3. 栄養バランスを考えて食事をつくったと答えた割合
  4. 収入の多さ

詳しい結果は省きますが、①から③は食卓満足度と無関係でした。④の収入の多さは、「収入の多い家庭の食卓満足度が、収入の少ない家庭の食卓満足度より低い」という予想外の結果がでました。「モノの豊かさでは食卓の満足は得られない」ということです。
「料理に手間をかける、栄養バランスを考えるは食卓満足とは関係ない」ことも分りました。

『では...、何が関係している?』

さらに調べました。食卓満足度と関係が深い事柄が1つ見つかりました。
『家族の喜ぶ顔』です。

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食MAPでは、夕食の状況を毎日記録してもらっています。「夕食を家族一緒に食べた」と答える割合が、2003年26%から2007年33%に増えています(表2)。
食卓の満足度と軌を1つにするように家族団欒の食卓が増えています。家族団欒に加え「家族皆で料理を楽しんだ」と答える割合も、2003年以降多くなっています。家族との触れ合いが、食卓を満足させることに深く関係していると考えられます。因みに若い世代ほど家族とのふれあいが多いという結果もでました(表省略)。食卓満足度も若い世代ほど高くなっています。
この事実も世間の常識と全く逆だとは思いませんか!

実は、内食回帰はシングルスの食卓でも起きている現象です。2003年と2006年に実施したシングルス食MAP(関東在住のシングルスの食卓日記調査)から、シングルスが朝食と夕食を、自宅で食べている割合がわかります。

           朝食        夕食
女性        55%⇒63%    67%⇒70%
男性        49%⇒57%    53%⇒64%


朝食、夕食ともに、自宅で食べるシングルスが増えています。とりわけシングルス女性の朝食は、2003年55%から2006年63%と8ポイントも増えています。
因みにシングルス男性の64%、シングルス女性の70%が、夕食を自宅でとっている結果は驚きです。シングルスにも食卓があることに、世間は もっと注目すべきだと思います。今の食品や売場はシングルスに対して全く無策です。
「何故シングルスが自宅で食べるようになっている?」と疑問に感じる方も多いでしょう。その疑問に答えるヒントを、あるシングルス女性の言葉から発見しました。

「私の生き甲斐は、毎日を健康に暮らすことです」

シングルス食MAPの「私の生きがい」という質問の自由回答の中で、40代のシングルス女性が書き綴った言葉です。
少し前まで「一人暮らしは結婚するまでの一里塚」と考えるのが世間の常識でした。少々乱れた暮らしをしていても「いずれ家庭を持ち、家族を持つとまともな生活に戻る」と言われていました。しかし今のシングルスは、多くが生涯を独りで暮らす人々です。自分の身体や自分の生活は、自分自身で守っていくしかありません。「健康こそ生きがい」と思うのは当然です。
今から20年以上前の1985年、シングルス男性の半分が30歳未満の若者でした。2005年、シングルス男性の半分は40歳以上です。2005年、シングルス女性の半分が60歳以上です。シングルスは決して若くないのです。

家族世帯もシングルス世帯も、先の見えない暮らしの中で、日常生活にこだわりを持ちはじめています。「毎日を当たり前に暮らせることが、人生の幸せ」と考える人々が増えているのでないでしょうか。「弱さの時代」が始まりそうです。
こうした時代が日本の未来にとって良いことか否かを言う立場に私はいません。ただ食品業界にとっては大きなチャンスだと思っています。これまで壊わしてきたものを元に戻し、さらに新しいものを創り出す。私の友人はこれを『復新』と呼んでいます。
飽食というモノの豊かさとは違った、新たな豊かさを創造することが、新しい食品市場創造に繋がると考えています。私の今年からの新しいテーマです。

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