目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第39回 消費者と企業のコミュニケーション・サイクル完結装置

潜在化した消費者ニーズを顕在化させるため、商品をメディアにして消費者と企業がリレーションシップを高める「コミュニケーション・サイクル完結装置」というアイディアがあります。消費者と企業とのコミュニケーションを完結させるためには、企業側と消費者側に、それぞれ2つずつ、合計4つの翻訳装置を作ることが重要です。

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コミュニケーション・サイクル完結装置

1.マーケットイン

「マーケットイン」とは、企業が消費者の素朴な言葉に耳を傾け理解する翻訳装置です。「プロダクトアウトからマーケットインが重要」とよく言われます。筆者はこの主張に半分しか賛成しません。消費者の声を聞く(=マーケットイン)にしても、消費者ニーズが潜在化していたのでは困難です。
それに加えて、消費者の声をそのまま商品化すればヒット商品が開発できるほど市場は単純ではありません。女子高校生や女子大学生等の素人集団がヒット商品を開発したことが時々話題になります。ほとんどが話題を振りまくための作り話です。ただ、まずは消費者の素朴な声に耳を傾ける「マーケットイン」が必要です。マーケットインが重要であることの1例を出します。
食品や飲料の味を決めるために、食品メーカーや飲料メーカーは官能検査という味覚テストを行います。官能検査とは、味の専門家が試食や試飲を行い甘味、酸味、塩味、渋味、苦味、旨味などをこと細かに調べ、味覚や風味を評価するテストです。通常はちゃんとした試験室で行われ、テストの結果は統計学的手法を用いて正確に分析されます。
一方消費者の味の評価は、ホームユーステストや会場調査等いくつかの調査手法があります。
かつてある医薬品メーカーから、既に発売している若い女性向け健康飲料の味を改良のための消費者調査を依頼されました。医薬品メーカーの専門家達と一緒になって若い消費者に対する味覚の調査票を設計している際、専門家達が使っている「味の評価の言葉」が気になりました。ちょっと考えれば分かることですが、消費者は味の専門家ではありません。試験室で食べたり飲んだりしているわけでもありません。専門家が考えているような味を表現する言葉を持っていません。若い女性をターゲットにした飲料はなおさらです。
筆者は飲料に関する「ヤングの美味しさの言葉集め調査」の実施を提案しました。すぐさまOKが出ました。高校生と大学生の男女それぞれ7、8人を集め、数グループのグループイインタビュー調査を実施しました。当時、話題だったりヒットしていた40種類ほどの飲料をテーブルに並べ、それぞれを飲み比べたりパッケージを見比べたりしながら、美味しさとまずさの言葉を集めました。
その結果、専門家たちがビックリするような結果が次々と現れました。

  • ヤングはTPOの違いによって、飲料の利用スタイルや美味しさの感じ方が変わる
  • 普段まずいと感じている飲料が、ある食品と一緒に飲まれると美味しく感じられる
  • 好きな味は体調や気分によって大きく変わるが、嫌いな味は大きく変わらない

一番おどろいたことは、次の結果です。

  • ヤングが美味しさを表現する言葉が専門家の言葉と全く異なる

ヤングが皆「ウンウン、その味だよね!」と声をそろえて美味しいと表現した言葉は、「楽に飲める味」でした。「身体がいくらでも吸収する味」も皆が納得しました。当時、ある乳業メーカーの飲料がヒットしていたことが影響してか、多くのヤングから「高原の味」が美味しい言葉として出されました。「高原の味」など専門家から云わせると「どうやって味を作るのか?」です。
まずい味を表現する言葉の代表は「インパクトに欠ける味」「個性が無い味」「物足りない味」でした。「人工的な味」「うそっぽい味」「機械くさい味」もヤングが嫌う味でした。
中高年の大人たちが美味しいと思っている言葉が、かえってまずい言葉として使われているケースもありました。例えば「コクがある」です。アルコールなどでは美味しさを表現する代表的な言葉ですが、ヤングの飲料評価では「コクがある」は、飲んだ後に「喉に引っかかる味」らしいのです。
面白い言葉の1つに「得体の知れない味」がありました。この言葉で表現された飲料は、ヤングにとって1度は飲んで話題にしたい味らしいのです。しかし2度と飲みたくない味らしい。事実この表現をもらったある大手メーカーのスポーツドリンクは、当時一世を風靡していました。しかし1年そこそこで市場から消えてしまいました。ただ全国のヤングがこぞって1度か2度飲んでくれれば、1年間で大変な売上が稼げます。これを称して「売り逃げ商品」といいます。飲料にはそんなファッション性があります。

2.プロダクトアウト

企業にはもう一つの翻訳装置が必要です。「プロダクトアウト」です。「プロダクトアウト」は、多様な消費者ニーズを企業の意図や技術で束ねる翻訳装置です。
「プロダクトアウト」という翻訳装置をもつためには、企業ポリシーと商品コンセプトが明確でなければならなりません。しっかりした独自の技術を持っていなければなりません。多様な市場を企業独自のコンセプトや技術で束ねる力が「プロダクトアウト」です。
最近の食品メーカーは元気がありません。最大の原因がトップのビジネス理念が希薄なためです。トップの明確なビジネス理念があり、その理念を現場にまで浸透させている会社は、目の前の消費者や市場に関するデータを素直に読み、自分達のやるべき方向を自然に見つけ出すことができます。優秀な人材が沢山いても、トップの明確なポリシーのない会社は混乱と不安が蔓延します。
今の世の中「プロダクトアウトからマーケットイン」だけが重要ではなく、「マーケットインからプロダクトアウト」が重要なのです。現在の食品市場の低迷は、「マーケットイン」の弱体化以上に「プロダクトアウト」の弱体化が原因しています。

消費者側にも「プロダクトイン」「マーケットアウト」の2つの翻訳装置が必要です。

プロダクトイン

「プロダクトイン」は、消費者が企業の専門的な言葉を聞き、共感する翻訳装置です。消費者が企業側の言葉を聞くなんて、そんなことなどありえないと思われる読者が多いでしょう。しかし情報ネットワーク社会における「関係性のマーケティング」で、一番に重要なのが「プロダクトイン」です。前回お話した「出来の悪い商品ほど可愛い」という「企業と消費者とのリレーションシップ」です。
野菜の生産者と消費者団体との懇談会の席上で、消費者団体の幹部が無農薬の野菜の重要性を主張しました。生産者は完全に無農薬にするにはコストがかかり過ぎること、野菜の見た目の悪さが問題なことを訴えました。しかし消費者団体の幹部は頑として聞き入れませんでした。生産者は産地の現状を視察することを提案しました。産地に出向き、無農薬野菜の虫食状態のすさまじさ見た消費者団体の幹部は「若干の農薬なら仕方がない」と考え直しました。
赤ん坊をあやしているうちに、母親の顔が次第に赤ん坊の顔になることがあります。赤ん坊の感情が母親の感情に入り込むためです。シンクロナイゼーション(同調作用)=入れ込み現象といいます。波長の異なる者同士が共通した目的にむかって波長をあわせる現象です。例えば、かつての人気映画「ウオーターボーイズ」がシンクロナイゼーションの見本です。廃部寸前になった高校男子水泳部で、それぞれ生き方や考え方が違う生徒達が男子シンクロナイズド・スイミングを成功させたいという共通の夢の実現のために、一致団結する感動のドラマです。
消費者が企業に対する感情の入れ込み現象発生装置を「プロダクトイン」と呼んでいます。自分のお気に入りの絵画に見入るギャラリーの心情に喩えられます。「プロダクトイン」という翻訳装置は、企業のブランド力を強化させる重要な翻訳装置です。前回のお話「商品はメディアである」とはこんな意味なのです。

マーケットアウト

「プロダクトイン」という翻訳装置が作用しても、商品が消費者にとって本当に価値があるかどうかは別次元の問題です。商品は、生活現場で使われてはじめて価値が完結します。マーケットアウトです。
売場で「素敵!」と思って購入した花瓶を自分の部屋のテーブルに置いたところ、どうも買ったときの感動が生まれない。素敵な売場に素敵にコーディネートされて置かれていた花瓶と、散らかしっぱなしの部屋の安っぽいテーブルに置かれた花瓶とでは、受ける感じが変わるからです。
花瓶の価値は花瓶自体にあるのではありません。花瓶が置かれる背景(自分の部屋)に価値があります。このことを十分に理解している消費者は少ないでしょう。そうだと知っていても、花瓶と自分の部屋との関係をうまくデザインするセンスを持っている消費者はもっと少ないでしょう。次々と意味も無い消費を繰り返す消費者のほうが多いのが現実です。消費者は商品というモノを通じて、自分の生活の価値を生産する技を持たなければなりません。
消費者が生活の価値を生産することをサポートする企業が、消費者の支持を得る時代が21世紀です。
これを「マーケットアウト」と呼びます。

4つの翻訳装置が働き、企業と消費者のコミュニケーション・サイクルが完結します。

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