目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第32回 POSでは絶対に見えないマーケティング情報を発見しました!

現在の食品市場において、一番に重視されているマーケティング情報はPOS情報です。POS情報から商品の売れ筋や市場ポテンシャルが測るという理由からです。そのためPOSを握っている小売業の力は絶大です。POS情報の前に食品メーカーは皆ひれ伏します。
でもちょっと待ってください。POSには絶対に克服できない大きな限界があるのですよ! 次の3つです。
「売場に置いてない商品は売れない」
「販売ロスは見えるが、販売チャンスは見えない」
「売れた事実と満足した事実は、別次元の事柄である」

売場に置いてない商品は売れない

こんなタイトルを付けると「そんな事、当たり前ではないか!」とお叱りを受けそうです。売場に置いてない商品が売れないのは物理的に必然な事柄です。売れなくて当然と考えるのが常識です。しかしこの当たり前の物理問題を、マーケティング問題としてちょっとひねって考えると、答えは全く変わります。答えは次の通りです。
「売場に置いてない商品の中に、もっと売れる商品が存在する」
どうです!ちょっとドキッとしませんか?
今の小売業の第一の罪は、この事柄がわからない罪です。
このコラムの~17 名探偵登場 「日韓キムチ事件の謎」を解く~でお話したことを思い出してください。

ある大手小売チェーンの依頼で、そのチェーン店のキムチの売上データと、食MAPのキムチの食卓出現データを比較していたときのことです。7月後半から8 月上旬にかけてキムチの食卓登場回数が急上昇していました。ところが大手小売業のキムチの売上(POS)データは減少していました。2つのデータの違いを見た大手小売チェーンの幹部は、次のように言いました。
「わが社は全国に店を出している。食MAPデータは関東の100サンプルでしかない。我々の販売データが下がっているのに、7月後半から急上昇する食MAPデータはおかしい」
そこで色々と調べました。その結果、意外な事実が浮かび上がったのです。当時、週刊「サンデー毎日」が日韓キムチ論争を特集で取り上げたことが、切っ掛けとなり本場キムチへの消費者の関心が一気に高まり、熟成した本物キムチが食卓で急上昇したのです。しかし大手小売業では本物キムチではない調味キムチしかなく、売上が上がらなかったのです。「売場に置いてない商品は売れない」とはそんなことです。そんな事件が売場では、日常茶飯事のように起きています。

販売ロスは見えるが、販売チャンスは見えない

おでんは食卓で毎年3つの大きな山をつくります。3つの山を作る理由は、いずれ詳しくお話しますが、食卓でおでんとおでん以外の鍋とのすさまじい戦いがあるためです。おでんの山は次ぎの3つです。

10月中旬の山
12月上旬の最大の山
1月中旬の山

第1の山と第2の山の間に大きな谷ができます。その事実を知らずに、毎年悲劇を繰り返していた地方の食品スーパーがありました。不幸な事にその食品スーパーは、毎年起きている悲劇の事実を知りませんでした。
その地方食品スーパーの、おでんパックの売上データの波形と、食MAPのおでんの登場回数の波形を合わせたところ、大方の所で一致しました。ところが11月だけは全く、波形が違っていました。

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食MAPのおでんは、図表に示しているように、10月16日~22日の1週間に最初の大きな山を作り、その後、11月20日~26日の1週間に最初の谷を作ります。しかしその食品スーパーのおでんの売上データは、谷を作るどころか10月後半から急上昇し、11月中旬に1年で最大の売上の山を作っていました。それも毎年、最大の山を作っていたのです。
この2つのデータの違いを見た食品スーパーの売場担当者は「関東と地方の地域差だろう」と思ったらしいのです。
「やはり地方と関東では食生活パターンが違う。関東の食卓データは、地方では使えない!」
しかし、実態は全く違っていました。その食品スーパーが11月中旬に最大の売上の山を作る原因を調べてみたところ、担当者は青ざめました。この食品スーパーでは11月中旬の時期に、毎年赤字覚悟の「おでん4割引セール」を実施していたのです。
過去の販売実績のみが頼りの食品スーパーの担当者は、必ず、前年の販売実績を確認します。過去の結果をベースに、その年の販売計画を立てます。「今年は昨年より10%アップ」といった具合に販売計画を立てます。10%アップは、実際のところさしたる根拠はありません。
「根拠が無いというのは言いすぎだ!」と、お怒りになる小売のプロもおられるでしょうが、
プロとしての長年の経験
プロとしての勘
プロの肝っ玉

の三つがせいぜいといったところでしょう。これを売場の3Kと言います。売場の3Kにもう1つ根拠を加えるとしたら、現場事情に疎いトップからの頭ごなしの目標達成命令です。これらが極めて曲者です。
この食品スーパーの売場のプロは、自社の販売実績のみを頼りに、毎年「おでん4割引きセール」を繰り返していた事に初めて気がつきました。食卓の実態が分からない食品スーパーは、毎年特売することしか売上を上げる手段を持っていません。この食品スーパーは2つの大きな販売チャンスを失っていたことになります。

  1. おでんを和風鍋に切り替えて販促をしていれば、おでん以上に大きな販売チャンスを得ることができた(販売チャンスを失う)
  2. 4割引きセールで、毎年赤字を出していた(販売ロス発生)

売れた事実と満足した事実は、別次元の事柄である

よく誤解されることに「よく売れた商品=満足した商品」があります。よく売れた商品だからといって、多くの消費者が満足したとは限りません。この点を今の売場はよく勘違いします。ある食品スーパーの幹部が私にこんなことを言ったことがあります。
「売場のPOSデータなんて信用してはいけませんよ。だってそうでしょう。何を買ったら良いのか分からず売り場をうろうろしている消費者ばかりですよ!特売にひっかかったり、つい買ってしまって後で後悔したりしている消費者ばかりですよ!そんな消費者の行動を見てどうするのです。だからPOSデータは信用できないのです」
これを小売の幹部が言うから凄い!
売れたという事実と満足したという事実の間にはギャップが存在するのです。しかしそのギャップを明確にすることはこれまで「不可能だ」と思われていました。だから「売れた商品=満足した商品」の世間常識がまかり通るのです。

ところで弊社が昨年11月から実施している「シングルス食MAP」に、この不可能を可能にする仕掛けが仕込まれていることをご存知ですか?この仕掛けは、昔からの私の夢でした。それを今回実現しました。このコラム「29 シングルス市場の真実 パート4」でご紹介したシングルスの「また買いたい率」がその仕掛けです。
シングルス食MAPの「また買いたい率」は、POSでは絶対に得られない情報です。POSは「販売即時点情報」と言われるとおり、商品を買った時点の情報です。シングルスの「また買いたい率」は商品を使った後の情報です。満足度は商品を使用して初めて感じる事柄です。買った時点では、商品の満足度は絶対に計れません。
現在、食品メーカーは自社商品の満足度やリピート率を測るために、膨大な費用をかけてアンケート調査を実施しています。しかしアンケート調査は一時点の調査で、散発的です。一番の問題は、商品を使った瞬間ではなく、日頃の記憶に頼る意識調査です。当然に使われた場面や状況の詳細は特定できません。
シングルス食MAPは実際の食卓機会の中で、毎日、使い切った時点で評価してもらう調査です。評価の実感が大きく異なります。使った場面の状況を実態として特定できます。シングルスの「また買いたい率」結果を見ていると、従来の商品の満足度調査やブランド・ロイヤリティ調査とはかなりニュアンスが異なります。

私は「また買いたい率」の結果を「身の丈ロイヤリティ度」と呼んでいます。従来のアンケート型の商品満足度調査は、消費者が背伸びをしている感じがあります。たまさかのアンケート調査です。そんな調査にはホンネ以上にタテマエが前面にでます。マーケティング関係者の間で「アンケート調査の結果は信用できない」とよく言われることがその現われです。
シングルス食MAPは、消費者が自分の生活のために、日頃の経験の中から選んで買った商品の評価です。使用後の反省も含めたホンネが出ます。ホンネの評価は言い換えると、消費者の身の丈の生活事情に沿った評価です。
因みに2008年11月~2009年2月までの、全食品のシングルスの「また買いたい率」は20%でしかありません。毎日自分の財布で買っている食品にもかかわらず「また買いたい」と思っている割合はわずか20%なのです。20%が現在の食品のブランド・ロイヤリティ通信簿(シングルス版)の平均点ということになります。
「また買いたい率」を見ていると、シングルスの身の丈にあった食品のロイヤリティ像の姿が透けて見えてきます。そのいくつかをご紹介しましょう。

無菌充填の米飯の「また買いたい率」が45%と高いという結果に驚かされました。特にシングルス男性の「また買いたい率」が高いです。しかもその多くがディスカウンターで買われています。無菌充填の米飯は価格が安く、保存が便利で手間要らずです。そんな点が、シングルス男性に特に評価されています。
都内でチェーン展開しているある中堅スーパーチェーンの「また買いたい率」が50%近くに達します。その中身を具体的に見ると中高年の男性シングルスが野菜、果物、日配品、菓子、惣菜を中心に買っています。中堅スーパーチェーンのお店は、古い店が多いチェーンですが、中高年男性シングルスにとっては馴染み深い店になっていると想像できます。この店がマスコミに取り上げられることはほとんどありません。しかし中高年男性にとってはなくてはならない店のようです。少子高齢市場での中小零細小売業の生き方を示唆しています。

大手食品メーカーの売れ筋商品の「また買いたい率」が必ずしも高くありません。トップメーカーではないメーカーのブランドの評価が高くなっています。その理由は例えば、調理する時の使いやすさと価格の安さが評価されています。
テレビ宣伝で勝ち取るブランド・ロイヤリティとは一味違います。

表は700分類に及ぶ惣菜の中から、おかず惣菜を抜き出し、その「また買いたい率」ベスト5とワースト5を整理したものです。おなじ惣菜でも大きく違います。この違いの意味は何でしょう?シングルの身の丈生活事情が深く関係していることは事実です。

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次の結果はそれぞれのお店で買った食品の「また買いたい率」です。百貨店の「また買いたい率」の異常な低さに、思わず目を疑いました。デパ地下だとか、スイーツの殿堂だとか騒がれている百貨店ですが、シングルスの身の丈に合った生活とはかなりかけ離れている感じがします。あるいは事前期待が大きい分だけ、事後不満足が大きくなっているのかもしれません。いずれにしても「また買いたい率」10%は、マスコミで騒がれているデパート人気とは一線を画します。

お店別「また買いたい率」 (2008年11月~2009年1月)
食品スーパー     20.9%
CVS         22.2%
百貨店        11.8%
一般小売店      21.0%
生協の店・共同購入  50.8%


今後、現在の家族食MAPで「また買いたい率」を調査する計画です。当然、シングルス世帯と2人以上家族世帯では生活事情が異なります。身の丈ロイヤリティも異なるでしょう。

これまでの商品開発や販売は、案外に消費者の生活背景を無視して行われてきました。下の図がそのことを表しています。

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A氏は建物を見ています。「素晴しい高層建築」だと満足しています。ところが高層建築の上に上り、周りの環境を見ると、周りは住宅地だということがわかりました。A氏は、高い建物が住宅地に建っていることに不満を感じました。
高層建築が商品やブランドです。商品やブランドは見えます。住宅地という周りの環境が生活背景や食卓事情です。生活背景や食卓事情は隠れて見えません。これまでの商品の満足度調査やブランド・ロイヤリティ調査は、隠れた生活背景や食卓事情を十分に考慮しないまま見える部分だけに注目し、実施されてきました。消費者の年齢や生活態度などがわかったとしても、それだけで生活事情や食卓風景は見えてきません。シングルス食MAPの「また買いたい率」は生活事情や食卓風景を重ねて見ることができます。

図表の左を「図」といいます。「図」は見える部分です。右側を「地」といいます。「地」は隠れた部分です。地図とは、見える「意図=図」と隠れた「背景=地」を重ねてデザインした「理解のメガネ」です。 地と図を重ねることを都市計画では造景学と呼びます。弊社の社名ライフスケープ・マーケティングは「ランドスケープ=食卓造景学」からきた名前です。マーケターは都市計画家にならなければならないのです。

それにしても、次の一言が大切です。
「品質や技術に価値があるから売れるのではない。消費者の生活事情の中で価値が認められるから売れるのである」

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