目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第19回 セブンイレブンの鰻の売上が他店に比べ20倍になる秘密

前回では、市場の偶然性を前提に「確率性の高い市場を予測する」のではなく、人間や社会におけるわずかな関係性を出発点に「確実性の高い市場を創造する」マーケティング思想のお話をしました。「因果論的科学」と呼んでいます。
19世紀以前の「神と予定調和するような因果論的科学」に逆戻りするのではなく「生身の人間同士のダイナミックな因果論的科学」が21世紀に登場するというのが私の予言です。顔の見える顧客とのリレーションを重視するビジネスは、起こしたアクション(原因)に対して顧客がどう満足した(結果)かを、因果論的に確認する必要があります。まだ信じられない読者諸君のために、例を示しましょう。

食品スーパーなど大型小売店は、通常、1年間を52週に分け、過去の売上実績を分析し、それに旬の食材や行事を加味した商品政策(仕入れ政策)を行っています。一見して科学的なアクションです。しかしこれが問題なのです。旬や行事をもとに売場で実施した特売や販売促進は、販売のピーク(山)をつくります。販売のピーク(山)の期間は短いのが通常です。ということはピーク(山)の時期を少しでも外すと、大きな売れ残りを発生させてしまいます。そんな過去の失敗経験が仕入れや販売の判断を鈍らせます。

ちょっと古い話で恐縮ですが、2002年の春、日経流通新聞でセブン&アイ・ホールディングスの鈴木代表が、セブンイレブンの快進撃について面白い話しをしていました。
『小売業は変化適応産業でなければならない』が鈴木代表の従来からの持論です。インタヴューの中で鈴木代表は「変化適応のためにセブンイレブンは、他のコンビニエンス店より季節を先取りして商品化を図っている」と述べていました。その例として夏の風物詩である冷やし中華があげられていました。セブンイレブンでは冷やし中華を3月初旬から発売しているというのです。因みに最近では2月中旬から発売しているらしい。「冷やし中華は夏メニュー」という常識を破る商品政策です。

シーズンの先駆けを狙うのは、販売チャンスを早く見つけるという戦術以上の深い戦略が隠されていることをご存知ですか?
ある流通コンサルタントの話によると、2003年当時、セブンイレブンの鰻の年間販売量が、他のCVSチェーンの20倍も高かったのです。そこには土用の鰻に対するセブンイレブンのしたたかな戦略があったのです。
多くのコンビニ店は土用の丑の日というピーク(山)に鰻の売上の全てをかけます。土用の丑の日だけに鰻の売上の全てを賭けるコンビニ店はどうしても発注の判断が鈍ります。もし売れ残れば大変なことになるからです。結果、せっかくの販売チャンスを失ったり、大量の売れ残りを発生させてしまいます。消費者にしても、普段見かけない鰻が土用の丑の日だけに突然コンビ二店頭に並んでも「本当に美味しいのかしら?」と疑ってしまいます。
セブンイレブンは土用の丑の日の数ヶ月前から鰻メニューを仕掛けます。春は金糸卵にきざみ鰻、梅雨時は蒸し鰻といった様にレシピを変えながら仕掛けます。最初に仕掛ける時期は「先駆け時期」です。先駆け時期の売れ行きを見ながら、本番に狙いを定め、順次仕掛けていきます。消費者のほうもセブンイレブンに行けば美味しい鰻が食べられることをシーズン前から認知します。本番時期になると必然的に期待が高まります。ピークの土用の丑の日、消費者は「鰻はセブンイレブンに限る」と確信します。この差が20倍の売上量の差となって表れるのです。

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上の図はそれを食MAPを使って図示したものです。鰻丼や鰻の蒲焼は、普段のTI値(1000食卓当りの出現度)が平均10です。5月のゴールデンウイークの終わりが鰻の一番の底です。ゴールデンウイーク後からTI値20にはね上がります。ゴールデンウイーク後が土用の丑の「先駆け時期」です。鰻のTI値はその後次第に上がり、本番の入り口である7月上旬に40に上昇します。この時期がシーズンの「走り時期」です。
「本番時期」である7月下旬にはTI値110になります。「山」=ピーク時期である土用の丑の日1日のTI値は330となります。この日は3世帯に1世帯が鰻を食卓に出していることになります。ピークが終わるとうな丼・鰻の蒲焼のTI値は一気に下がります。売場から鰻を早く撤去しなければなりません。
「チャンスは前にしかありません。後ろにはありません」
新たなチャンスが出番を待っているからです。

本番時期やピーク時期のみに力を入れる通常のコンビニエンス店は、目先の山に追われる戦術の戦いをしています。先駆け時期からシーズンの走り時期、本番時期、ピークにいたるまでの戦略をとっているセブンイレブンは「線」を積分した「面」(図の三角部分)という戦略的な戦いをしています。この違いが20倍の年間売上量の差となって表れるのです。「食卓の反応を得る」という視点を持っていなければ絶対できない戦略です。現在の食品スーパーの商品政策の大半は。数ヶ月先の目先の山で何をどう売るかの戦術活動を繰り返しているに過ぎないのです。

話をセブンイレブンの冷やし中華に戻しましょう。下の図を見て下さい。図は2000年1月から2002年6月にかけての、冷やし中華のTI値(週あたり)です。
鈴木代表がおっしゃる通り、毎年、3月上旬から冷やし中華が食卓に出現しています。ただその値は1000食卓あたり1以下です。「千三つ」という言葉があります。「千に三つしか真がない」という諺です。ほとんど当らないという意味にも解釈できます。図の3月初旬の冷やし中華のTI値は「千三つ」より小さい「千一つ」です。「確率論的科学」ではこの事実をゼロと解釈します。
しかし、図表にはもう一つの事実が隠されています。
『なんでしょう?』

毎年、確実に「千一つ」が現れるという事実です。これを私は「確実性の理論」と呼んでいます。確率理論では「ゼロ=現れない」と解釈される小さな事実。しかし確実理論では「毎年現れる」と解釈される小さな事実。後者の事実に注目する考えが「因果論的科学」です。

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「確実性」をピーク(山)に至る先駆けとして積極的に捉らえ、ピーク(山)に至るまでの売上げを大きくする戦略が「因果論的科学」です(鰻の図の三角形)。これに対し事象はランダムであることを前提に、山の高さを確率予測する戦術が「確率論的科学」です。
大量生産、大量販売で事足りた時代は「確率論的科学」で十分でした。顔の見えない不特定多数の消費者を相手に、大きなマーケットを予測できるわけですから。しかし顔の見える顧客とのリレーションを重視したビジネスでは、起こしたアクション(原因)と、顧客がどう満足したかの「結果」の間における因果関係が重要になります。これを「関係性マーケティング」と呼ぶ方もいます。
『変化適応産業である小売業には、因果論的科学が重要である』と、鈴木代表は言っているように思えます。因果論的科学の商品政策を実施するためには、図で示した冷やし中華や鰻の食卓の波形という事実を科学し、その事実の背景に隠されている意味(真実)を解釈することが重要です。

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