目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第18回 因果論的科学

前回、確率論や平均値の限界についてお話をしました。今回はその応用編です。ちょっと難しいかもしれませんが、我慢して読んでください。
東京タワーの上から小さな紙切れを落とし、どこに落ちるかを予測することは、コンピューターを駆使した確率理論をもってしても容易ではありません。しかし小さな紙切れに何がしかの仕掛けを施すと、狙った場所に落すことは案外に容易です。言いたいことは次のことです。
『市場は予測されるために存在するのではない。市場は創造されるために存在する』

古いマーケティング理論の教科書には必ず載っていた古いゴシップ話があります。アフリカで靴が売れるかどうかについて、2人のマーケターの意見が分かれました。

予測主義者は売れないと主張しました。
「アフリカの原住民は裸足で走っている」

創造主義者は売れると主張しました。
「ならば靴をはかせれば良い」

10人1色から10人10色、さらに1人10色に消費者は多様化していると言われます。では100人ならば1000色なのでしょうか?1億人ならば10億色なのでしょうか?そんなことを無責任に言うのが、評論家や実務経験のない学者たちです。
市場多様化とは、同じ市場に対立したニーズが存在している状態のことを意味します。対立したニーズはそのままの状態を保つことは出来ません。対立している市場より高い次元の市場に、統合される運命にあるのです。歴史の進歩がそれを証明しています。ということは...、次の定義が成立するとは思いませんか?

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『市場多様化は市場統合化の予兆である』


20年以上も前に大ヒットしたソニーのウォークマンは、開発当初、社内で猛反対を受けました。当時はカセットレコーダー主流の時代でした。「録音機能のないウォークマンなんて、誰も買わない」が反対の大きな理由でした。録音機能がなく再生機能だけのウオークマンは、テープレコーダー市場から見れば不完全な商品です。しかし大方の予想を裏切り大ヒットしました。何故ヒットしたのでしょう?
当時、人々のオーディオに対するニーズは多様化していました。外で自分の好きな音楽を聴きたい人、歩きながらかっこ良く音楽を聞きたい人、通勤途中に英会話を学びたい人、電車の中で耳をふさぎたい人等々です。
ソニーはそれまでバラバラで多様化していたオーディオ・ニーズ(=市場)を、「オーディオどこでもドア」というウォークマンで束ねたのです。そして新しい市場を創造したのです。それまでのテープレコーダーによる「録音ニーズ」より、次元の高い「サウンド・ライフ・ニーズ」という市場を創造し、多様化しているニーズを束ねたのです。

自然界にはエントロピー増大の法則が働いています。エントロピー増大は宇宙の拡散であり、自然界がカオス(無秩序、混沌)の状態に近づいていることを証明する物理学(第2熱力学)の理論です。
しかし人間社会がつくる市場は、永遠に多様化し続けることはありません。対立した市場は必ず誰かの手によって新しい次元の市場に統合され、新たな秩序を回復します。世界の歴史が対立(無秩序)と革命(統合的秩序)の繰り返しであることを考えれば分かります。
人間が築き上げた社会や市場には、一時的ですがエントロピー縮小の法則「ネゲントロピーの法則」が働きます。市場においてネゲントロピーの法則を働かせるのがマーケターの役割です。
確率論的に見ると無視できるような小さな事実があります。その小さな事実の存在を発見し、その事実を大きな真実の予兆(先駆け)として積極的に捉え、開拓するマーケティング思想を、私は「因果論的科学」と呼んでいます。

近代から現代にかけて、物理学を中心とする科学に2つの考え方(哲学)がありました。
19世紀までの古典力学に代表される因果論・決定論的な科学哲学
20世紀の原子物理学に代表される確率論・現象論的な科学哲学

19世紀までの科学哲学は古典力学など、因果論・決定論的な考えのもとに形成されていました。その代表が錬金術です。錬金術などといえば、なにやら怪しげな魔術のように思えますが、17世紀から18世紀の時代、天文学以外の唯一の科学が錬金術だったのです。当時の錬金術は卑金属(例えば亜鉛)から貴金属(例えば金)を人工的に作り出すための、りっぱな科学技術だったのです。但し今の科学とは違い、確率的に高い低いに関係ない科学思想を持っていました。

「結果には必ず原因があり、その原因を究明し再現すれば必ず結果が生まれる」
因みに私は、錬金術の科学哲学から化学が生まれたと考えています。
「水素(H2)と酸素(O2)が結び合うと水(H2O)ができる」
は因果論的科学の考えです。
1665年に万有引力の法則を発見したアイザック・ニュートンが、錬金術に深くかかわっていた科学者だということを知っている人は少ないでしょう。彼は因果論的な科学哲学から万有引力の法則を発見しました。万有引力の法則は、物質の質量と物質間の引力の因果論的な古典物理学の法則です。

古典力学の科学哲学は20世紀になって大変革しました。分子や原子の構造などミクロな現象を解明する科学が誕生しました。20世紀にアインシュタインの特殊相対性理論が登場しました。その後、量子力学や素粒子理論が誕生しました。これまでのニュートンの古典力学とは全く異なる次元の考え(哲学)が誕生しました。特殊相対性理論や量子力学、熱力学、素粒子理論は、ミクロなレベルで発生する現象の確率性を重視する科学です。
19世紀までの因果論的科学が、確率論的科学にとって替わられました。
確率論を重視する科学観とは、次のとおりです。
『全ての事象はランダムに発生し、そこから発する力学は確率論的に証明できる』
20世紀の科学哲学は古典力学の因果論・決定論の考えを完全に葬り去りました。

この科学哲学の大革新が、20世紀社会に大きな影響を与えました。当然にマーケティング理論にも大きな影響を与えました。20世紀のマーケティング理論にとって、確率論・現象論を重視する科学哲学は極めて都合が良かったのです。
20世紀のマーケティングは大量生産と大量販売を基本にしています。顔の見えない、不特定多数の消費者を相手にする「マス・マーケティング」が求められました。マス・マーケティングに確率論的科学は最適でした。不特定多数の消費者を相手にするマス・マーケティングは「市場はランダムであり、偶然性に満ちている」を前提に、確率の高さを重視します。顔の見えない不特定多数の消費者を相手に、確率の高い大きなマーケットを狙うためです。この考えは今でもビジネス界の主流です。

時代は21世紀に突入しました。科学哲学が大転換する予感がします。物理学分野おける科学哲学に関しては、私は素人であり何も言える立場ではありません。しかしマーケティング分野における科学哲学には大きな変化が起きることを予言します。

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