目からウロコが落ちる話

目からウロコが落ちる話

弊社前会長、齋藤隆による食に纏わることを綴ったコラムです。

第7回 視点と視線

top_column_7.jpg去年の秋、東京農大で食の達人養成講座の実験を行いました。わずか数名の小さな講座でしたが、参加された消費者の方々は、大変な食への関心の持ち主でした。知識はプロなみです。そんな方々に4回にわたり、食MAPデータから、日本の食卓実情をお伝えしました。私は、これまで食品メーカーや流通の方々の前でお話をする機会をたくさん経験してきましたが、消費者の方へのお話は初めてです。業界の方々がびっくりしたり感動したりするお話に、消費者の方がどれほど関心を持ってくれるか、大いに心配でした。
講座を重ねるにしたがい、参加者の目に輝きが失われてくるように思われました。
『まずい!どうすれば皆さんの目が輝いてくれるのだろう?』
講座が終わり、完全に自信喪失になりました。帰宅しても頭がぐちゃぐちゃです。そのためか、ついつい深酒がすすみます。朝、起きても頭が重い。そんな情けない3回目の講座の朝、テーブルに置いてある読売新聞の1面の特集記事が目にとまりました。左上段に「団塊世代男性のリタイア後の生活事情」が特集されていました。うつろ眼で何とはなしに読みはじめました。なんとそこには、私のぐちゃぐちゃ頭をすっきりさせてくれる記事が、運命的な出会いのように書かれていたのです。

会社をリタイアしたある男性が地域の介護NPOに入会しました。その男性は会社の幹部を経験した方です。入会後しばらくして彼は介護NPOに対して、組織の改革案を出しました。彼からすると組織があまりに幼稚に見えたからです。すると周りから「あの人、何しに来たの?」の冷ややかな反応だけが返ってきました。彼は悩んだ末に会を離れました。会社人間が地域活動に参加することの難しさを、ある団塊世代の男性が次のように語っていました。
「我々はつい上からの視点で組織や仲間を見てしまいます。しかしそれでは地域活動はやっていけません。横の目線が大切です」
私はとっさに思いました。「これだ!」

平等と対等は異なります。「人類は平等」といいますが、「人類は対等」とはいいません。「君と僕は対等」といいますが。「君と僕は平等」とはあまり言いません。平等は上からの視点です。宇宙の彼方から地球を観たとき、細菌のようにうごめく人類は皆平等です。宇宙からの眼と細菌の目は結び合っていません。対等は人間がお互い向き合い、見つめ合う目線でつながっています。

食MAPは関東卓上空から食卓を眺める視点です。この視点を視線に翻訳しなければ消費者は理解も共感もしてくれないことに、私は気づいたのです。
「どうすれが視点を視線に変えられる?」
考えたことは次の通りです。

~考えた情報や知識(視点)を、自分の経験を通し知恵(視線)に翻訳する~

「整理整頓」という言葉があります。「整理整頓」は、知識と知恵の違いと、両者の深い関係を表しています。多くの知識を持っていても、その知識を自分の生活や仕事に使いこなせない人をウオーキング・ディクショナリー(歩く辞書)といいます。言われた当人は、あまり良い気持ちがしません。
家人の例でいえば、しまい上手の探し下手が「整理」です。綺麗にしまい込んだが故に、探し出すのにひと苦労をするのが家人です。
「整頓」は文献資料が山と積まれた文筆家の書斎に喩えられます。一見して乱雑な書斎です。たまの日曜日に家人が書斎を掃除し、ついでに文献資料を整理しました。
「何故、勝手に掃除をしたのだ!」の文句が飛んできます。一見して乱雑に見える書斎ですが、何処にどんな資料があるのかが全て把握されており、すぐに取り出せるのが「整頓」です。
「整頓」は取り出すことに重点が置かれた言葉です
「整理」はしまうことに重点が置かれた言葉です
知識は整理に、知恵は整頓に喩えられます。
「知識は身につけるもの、知恵は身から引きだすもの」

知識から知恵を引き出すためには、体験で得た感覚や知識を、記憶として一旦、心の中にしまい込まなければなりません。感覚や知識を記憶として心にしまい込むことを、難しく表現すれば「自己内省化」と言います。平たく言えば、納得し確信することです。自己内省化された感覚や知識は、必要な時に記憶の中から知恵となって現れます。そのためには身体全体をつかった「正当な経験」が必要になります。
「正当な経験」をたくさんすると、たくさんの知恵を持つことができます。決してコンピュータや分析ソフトから知恵は生まれません。たとえ知識の自動販売機はできても、知恵の自動販売機は絶対にできません。私たちは、知恵を生み出すための「正当な経験」をする機会が少なくなっています。「正当な経験」をとりもどす活動が、今、行っている「食生活日記」の活動です。

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